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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   
カテゴリー「作品:【千文字の饗宴】紅」の記事一覧

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【千文字の饗宴】猟奇の章:自選


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【千文字の饗宴】猟奇の章 ver.2.0 :目次




『くさり』

[解題]
【千文字の饗宴】猟奇の章、いよいよ怒涛のクライマックスである。
「吐きだす」ことに気負いを感じさせないための作品として「ましまろ」「巨人のレイプ」等があったが、いつでもどこでも自嘲の視点を挿入しなければ気が済まなくなってきた。本作では内包する時間の幅などからエログロの章の総括としての器量はあるものの、興味のある人間の自嘲を垣間見せ幕引きとなった「貌」以上に、創作者としての自嘲の極致である本作の方が罪は重いだろう。
時間は連綿と続いていく、思い出も、妄想も、しかし不変とは限らない。そして最果てまで行くとそこには何も残らなくなる。たとえば、原稿用紙の上で死んでいった女たちのように。




『小便アポカリプス』

[解題]
「ダリオカストロロの城」まで書いているのだから、後ろを書くなら前も書かなければという動機から生まれた作品。しかし、そこにアイドルの放尿などの小奇麗な妄想を扱わないのが天邪鬼たるゆえんか。
話の手触りとしては、牧野修や小林泰三など一世を風靡した(?)電波とホラーとSFの魔術を操る魔人たちの影響を受けている。特に、執筆前後に牧野修『楽園の知恵』を読んでいるのだから分かり切ったことだ。
しかしこれでもだいぶ書くのに苦労した作品なのである。少年の放尿なんて誰が見たいのか、とか、そういう話題ではなく、話の骨子をどう組み立てていくかに苦慮した。結局のところ寺山修司原作『田園に死す』をほうふつとさせる屋台崩しに至るわけで、骨子を組み立てるのも一抹の苦労。
知っていながら苦しんだ挙句、ひょんな気まぐれからさっさと書き上げてしまう自分。ほとほと悩まされる。




『貌』

[解題]
『血の花嫁』、『皿の花嫁』にしろ実録猟奇殺人に、創作者として以上の興味をもっていると白状しよう。とはいえそれは珍奇なことではないのだと思う。普段、この手の創作を毛嫌いする人間だってニュースには飛びつくことだってままあるのだ。
「貌」というタイトルには、物事の表面という意味を宿らせている。だが、それがすべてという考えもある。
それはそれとして、貌は時間や出来事の干渉を受けて変わっていくもののメタファーでもある。つまりは事件の表層・真相をほのめかす。さらには前述したような自然発生的なものばかりではなく、何者かによって殴打された場合、見るも無残に変「貌」してしまう。その人が誰なのか判別もつかないぐらいに。貌とは、そういうものなのである。
さて、本作については背景の所在から、これ以上のことを語るのは避けたい。
それは曲がりなりにも一般住民として生活している自分への、最低限の礼儀だ。これを度外視してしまったら、ほんとうに創作におぼれ人間とやらをやめなければなるまい。それはそれでいいことだろうと、さらにもう一人の自分がほざいているが所詮は我が内心で交わし合うやり取りである。胸骨の裏に閉じ込め、墓場まで持っていこう。
それが、数多いる被害者への、最低限の礼儀だ。




『ましまろ』

[解題]
「巨人のレイプ」と本作は、「吐きだす」ことを目的としている。【千文字の饗宴】で1コーナーを占めるエログロというジャンルであるが、これは本来隠密であってしかるべき興味なのだ。だが、それを武器とし培ってきた経過があるにせよ、幻影造形で満足しているのは幼稚な仕業である。恥ずかしさを知らなければ書いてはならぬのだ。そう再認識させるために、小手先ではない、我が心中に潜む本来の性への興味、その片鱗を告白することに2つの作品は意味をもつ。
だからこういうのは本当に恥ずかしい。生ゴミだ。棄てたい。
けれどもこれが普通の、本来の、エログロなのである。
ジャンルフィクションとしての、ではなく、俗世間における常識のなかの汚点としての。




『巨人のレイプ』

[解題]
家人に読ませたら、すぐに「元カノの部屋でしょ」と指摘された。おかしな話だ。独り暮らしをしたこともない作者だ、アパートの知識はそういうところから得ず、どこから得るというのだ。おかしな話だ。おかしな……。
さておき、今回投じる【千文字の饗宴】第2章の100篇は巨人や小人が2回ずつ出てくる。巨人の最たるイメージはJ.G.バラード「溺れた巨人」なのだが(決して『進撃の○○』の影響下にはない)、本作の場合は津原泰水「カルキノス」にあるのだと思う。意識したわけではないのだが。
ノドのあたりに水晶球を入れたらというくだりは、以前にも何かで使った気がする。まったくどういう性癖なんだろうとつくづく。もっとも球は首の代わりだ。青春時代、そんなような作品ばかり読んで過ごしたのだから無理もない。過去の自分が悪い。
落ちはいかにもだが、あまりにも痛々しい中盤までとのバランスを考えれば、ちょうどいい。




『少年ピラニア』

[解題]
これも長いこと温存していたタイトル。津原泰水『少年トレチア』のパロディだったが、結果的に無関係な着地をした。ピラニア像を前面に推し出しながら、酪農家の娘にバイトを置いた点などその場限りの冒険心が功を奏した例であろう。
いま読み返してふと気がついたのは、叙述法に皆川博子「バック・ミラー」の影響がにじみ出ていることだ。(そういえば直前はじめて読んだのだった)いわゆる青春の死のイメージが形を変えて、小学生時代へと溯りそこから中庭の瓢箪池というモチーフが現れた。今敏『妄想代理人』の少年バットを引くことこそ躊躇われるが、魔少年はいつでも幼稚な悪意から生まれ出る。
執筆当時に報道されたイジメに関するニュースが、彼を招いたのだ。




『封印BOX』

[解題]
遠藤徹「キューブ・ガールズ」が元ネタなのか。意識はしなかったはずが、やけに透けてみえるのは当時の読書のせいだろう。個をマクロに移し替えるという発想は、拙作でもよく登場するファクターである。また、ループな落ちも甚だ常套手段に過ぎない。もっとも着想の原点は、さなぎにあるのかもしれない。蝶のアレであり、井上雅彦ショートショートだ。
タイトルは以前からストックしてある短篇からの拝借である。今回はこういうのがままある。なんにしろこれ以上語ることは何も見当たらず、作者としては推すことも退くこともできない。





『乙女座の祈り』

[解題]
コールタールのなかの虹、宇宙のなかの電飾、闇のなかの綺羅、混沌のなかの星……「都市計画アンダーグラウンド」の解題で示した我が幻視の肝。そこに付け足すとすれば、物置のなかの銀河とでもなるだろうか。なんとも血なまぐさいプラネタリウムである。
そも拙作におけるエログロマンチシズムの根底にはモテない男の妄想たる暴走が詰まっている。一方で、それを自嘲するイケスカないスタンスまで備えた本作。星座にまつわる要素のあざとさが目に余るが、リハビリ作としては膂力がある方、と我ながらに思う。





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年齢:30
性別:男性
職業:虚無員



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