黄昏の陽に、揺れるセーターの襟元。
数分前。書斎にわたしは椅子を用意して、彼女を座らせた。同い年の妻である。すでに先程までの涙は涸れてしまったのか、微かに啜っているほどだ。
グレイのセーターが包んだ彼女の肩にわたしは触れた。震えている。さようなら――そう彼女は呟き、啜り泣きを止めようとはしない。
リビングで電話が鳴っている。先程の郵便配達夫といい、何故偶然は時に憎ましくやって来るのだろうか。
目を逸した後、再び彼女を見てわたしはしまった、と思った。
もう彼女の声は聞こえない。
その細かく震える肩が残されたのみだ。両腕は宙をかき、足はばたついている。わたしは彼女の手を握り、力強く抱き締めた。
安心したようで、彼女の肩から力が抜けた。わたしの腕の中、やがて彼女の骨張った細い肩の感触は薄らいでいく。
さようなら。
わたしは呟いた。彼女には届かない。彼女も同じく呟いているのだろうが、彼女の声もまたわたしには届かない。
彼女の胸から上はとうに消え失せ、椅子の背もたれが夕光に縁取られていた。そこにはさっきまで座っていた、鼻筋のとおり、オムレツのような目をした、ブロンドでウェーブがかった髪の毛先を微風に靡かす彼女はいない。
物言わぬ半身の女がいるだけである。
半身はやがて無となるだろう。影さえ残さず、黄昏に溶けていくのだ。まずは息子、次は母親、兄、幼馴染み、同僚……。そして、彼女の番がやって来た。浸食された者たちが何処へ行くかは分からない。どのような感覚で消えていき、どのような変化を体験するのか。痛みや痒み、苦しみはないのか。眠るように消されていくのか。
誰も語れない。浸食は耳鳴りと視界の白濁と、理由のない悲しみと、ヒステリーとが続けて押し寄せた後に、唐突に首が消えることから始まる。語る暇などないのだ。
後に待つのは、全身が消えるまでの数十秒の虚無。
そうして、心から愛してきた彼女の肉体もその意識も、徐々に、徐々に、消しゴムで消されるように、目の前からいなくなる。
やがて浸食は終わりを迎える。わたしは床をはいつくばりながら、最後に残った彼女の足の指先にキスをした。
彼女はいなくなり、温もりさえも浸食される、とある秋の黄昏の陽に。
不思議とわたしは安心しているのだ。彼女が先に消えてくれて。
とてもじゃないが、彼女にわたしが消える姿なん
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