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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『天井裏の散歩者』

[解題]
オマージュというほど原典に重きは置いていなくて、どちらかというと小林泰三『家に棲むもの』を想起させるような物語。蟷螂は女性性の象徴だとか、色々語るべき部分は先に語ってしまったので、オチについて一筆とろう。
オチは笑うところ、と嘗て解説したことがある。では、面白みを感じるべきかというとそれもちと違っていて、つまりは笑えるだけ突き放してしまっていいということである。あーあ、漏らしちゃった的な、俯瞰の姿勢を求む。
 蟷螂に威嚇の声はない。身構えて、背筋を伸ばして鎌を振り被る。ただそれだけのことで、無駄なき構えは完成し、迎撃体勢は整うのだという。教えてくれたのは婆だった。勝手口から忍び込んだ茶色の蟷螂は、石畳の上で、見下ろすが勝ちだと笑う婆の草履に踏み潰されたが、最期まで威嚇はやめなかった。
 天井に人ならぬ何かを飼い放している事も、夕餉の時間に婆は教えてくれた。だから天井裏には忍び込むなといわれ、僕も姉も震え上がった。夏の、一週間だけの、婆の家での宿泊は、初日から怖気を孕み、ただ一人、皆川は笑い飛ばしたが、僕と姉は気まずそうに白飯を飲み込んだ。
 皆川は姉が連れてきた。婚約者である。僕は苦手だったが両親の受けはいい。歓談して、婆も機嫌よく笑っている。すっかり気に入ったようだ。
 味噌汁を啜ると、口の端に髪の毛が引っ掛かった。摘んでみると縮れた白髪だった。調理の間に紛れ込んだらしい。夕餉を済まし、姉が風呂に入っている間、僕は皆川と茶の間で過ごしていた。会話はない。皆川は携帯電話をいじりながら、何かぶつぶつ呟いている。僕は座布団に顔を埋めて、眠るふりをしていた。鼻に何かが触れた。婆の白髪だった。
 就寝が近付き、与えられた床の間で布団に身を預けたとき、枕にも白髪を見つけた。毛を摘んで怖気を立たせていると、天井裏で何かが擦り歩く音がした。人ならぬ何かの正体を探る好奇心は持ち合わせていない。布団を頭から被る。そうして夜を遣り過ごす。
 翌朝、姉と皆川は一時間ほど遅れて起きてきた。朝食を出しながら、手伝いもしないで、と厭味を吐いた婆。僕は離れて夏休みの宿題に手をつけていたが、その瞬間、婆の耳元から毛がひらりと落ちたのを確かに見た。
 丑三つ時には、姉たちも婆も眠ってしまった。家も、晩夏の夜に冬眠している。用を足してから寝れば良かったと悔いながら、冷たい板張りの廊下を歩いていると、耳の端で幽かな声を拾った。便所に向かうのも忘れ、声のする方へ忍び寄る。徐々に明らかになっていく声は、姉の寝る部屋から聞こえた。僅かに障子が開いている。初めて聞く声色だった。片目を隙間に押し当て中を覗くと、姉の上半身が布団からはみ出していた。揉まれる乳房。喘ぐ姉の上に皆川が乗っていた。
 ふと視界で捉えた、天井から垂れた髪は、白く長い。
 蛍光灯の傍ら、無表情で目を剥いた婆の横顔が、二人の夜伽を凝視していた。腿を、温い尿が伝う。
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