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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『午睡の女神』

[解題]
『○○の女神』というタイトルで真っ先に思い出すのは、筒井康隆『時の女神』以外になにがあろうか。『虹の女神』という題の映画があったろうが未観賞である。もっぱら前者から本作へと連なるネーミングニュアンスを崩されたくないからだ。
と仰々しく語ったところで本作の解題にはなるまい。本作は『時の女神』という作品の要素をなにひとつ受け継いでいないからだ。切なさ、という点では意識したかもしれないが。
本作で挑んだのはかつての自分である。まだ小説を書きだした頃の自分の文体を振り返ると、ある意味で清らかな透明度を感じることがある。こういう文が書けたのか、という驚きはそのまま、今は書けなくなってしまったという絶望を呼ぶ。しかしそれさえ意のままに操れてこそ文士であろう。その意気に任せるままに書いた。結果はご覧のとおり。勉強が必要だ。
璃子という名前は、透明度のある話で真っ先に思い浮かんだ本多孝好の初期短篇『瑠璃』(『MISSING』所収)から得た。






太陽を閉じこめるんだよ。そう約束した。

 隣の家に住む璃子のことは、もう随分前から知っている。小学校の頃から、僕は数歩先を歩く彼女の背中を追っていた。赤いランドセルがブレザーに変わる頃、しばらく会話も減った。異性として意識し始めたら、僕も、二歳上の璃子も抑えきれなかったのだ。
 高校に上がって間もなくカメラに興味を持ち始めた。特にその類の職を夢見たわけではない。あくまで現在進行形の趣味。自宅の窓辺に腰かけて住宅街の屋根ごしに、ビルに屈折する黄昏の光を十数枚収めては、物憂げな放課後に溺れていたある日、ちょうど帰宅した璃子を見かけた。補修終わりだったのか、参考書の詰まったバッグを玄関に置くと、彼女は蹴り上げるような素振りを見せつつ、衝動を抑え持ち上げた片足を力なく下ろす。思わずデジカメを構えてしまいそうになり、僕はストラップを握り締めた。緊張が感付かれたのか、見上げた璃子と目が合った。

 それから、件の太陽の話になる。
 僕らは幼い頃の関係はなしにして改めて打ち解けあった。大学入試のストレスと、カラオケショップでのアルバイトの愚痴を、互いに慰みあって夏を過ごした。けれど交際へと発展したわけではない。彼女の姿がしばらく見えなくなっても、僕は動じなかった。
 てっきり璃子は引きこもりでも始めたのかと思った。ストレスに耐えられず、逃避を選んだのだろうと。正確な病名を聞いたわけではないし、そんなものが実在するかどうかも分からない。けれど彼女が今、僕の想像をこえた状況にあるのは確かだ。
 昼夜逆転、と聞けば何てことない不摂生の代表にしか聞こえないが、それが強いられる苦しみを彼女は孕んだ。彼女は僕が目覚める少し前に眠りにつき、陽が沈んでから目を覚ます。でないと呼吸が出来なくなるらしい。
 荒唐無稽な話だと僕は笑った。璃子は泣いた。

 太陽の光を横顔に浴びて、眠りに耽る彼女の写真を、僕は週末ごとに撮影している。
 夜行性になった彼女が味わうことの出来ない日光の感触を、少しでも与えてあげたくて。

 太陽を閉じこめること自体は僕以外の誰かにだって出来るだろう。
 だから一生そばにいようなんて思わない。僕らがそんな関係でないことは、璃子もよく分かっている。
 けれど、閉じこめた一瞬ぐらいは大切にしたいんだ。
 太陽は昼間にこそ相応しい。眠れる女神を被写体に、僕は太陽の眩きを撮り続ける。いつかその瞼が開くときまで。
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