太陽を閉じこめるんだよ。そう約束した。
隣の家に住む璃子のことは、もう随分前から知っている。小学校の頃から、僕は数歩先を歩く彼女の背中を追っていた。赤いランドセルがブレザーに変わる頃、しばらく会話も減った。異性として意識し始めたら、僕も、二歳上の璃子も抑えきれなかったのだ。
高校に上がって間もなくカメラに興味を持ち始めた。特にその類の職を夢見たわけではない。あくまで現在進行形の趣味。自宅の窓辺に腰かけて住宅街の屋根ごしに、ビルに屈折する黄昏の光を十数枚収めては、物憂げな放課後に溺れていたある日、ちょうど帰宅した璃子を見かけた。補修終わりだったのか、参考書の詰まったバッグを玄関に置くと、彼女は蹴り上げるような素振りを見せつつ、衝動を抑え持ち上げた片足を力なく下ろす。思わずデジカメを構えてしまいそうになり、僕はストラップを握り締めた。緊張が感付かれたのか、見上げた璃子と目が合った。
それから、件の太陽の話になる。
僕らは幼い頃の関係はなしにして改めて打ち解けあった。大学入試のストレスと、カラオケショップでのアルバイトの愚痴を、互いに慰みあって夏を過ごした。けれど交際へと発展したわけではない。彼女の姿がしばらく見えなくなっても、僕は動じなかった。
てっきり璃子は引きこもりでも始めたのかと思った。ストレスに耐えられず、逃避を選んだのだろうと。正確な病名を聞いたわけではないし、そんなものが実在するかどうかも分からない。けれど彼女が今、僕の想像をこえた状況にあるのは確かだ。
昼夜逆転、と聞けば何てことない不摂生の代表にしか聞こえないが、それが強いられる苦しみを彼女は孕んだ。彼女は僕が目覚める少し前に眠りにつき、陽が沈んでから目を覚ます。でないと呼吸が出来なくなるらしい。
荒唐無稽な話だと僕は笑った。璃子は泣いた。
太陽の光を横顔に浴びて、眠りに耽る彼女の写真を、僕は週末ごとに撮影している。
夜行性になった彼女が味わうことの出来ない日光の感触を、少しでも与えてあげたくて。
太陽を閉じこめること自体は僕以外の誰かにだって出来るだろう。
だから一生そばにいようなんて思わない。僕らがそんな関係でないことは、璃子もよく分かっている。
けれど、閉じこめた一瞬ぐらいは大切にしたいんだ。
太陽は昼間にこそ相応しい。眠れる女神を被写体に、僕は太陽の眩きを撮り続ける。いつかその瞼が開くときまで。
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