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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『水魚草子』

[解題]
『架空迷宮』と執筆タイミングは同じで、つまりそれまでの作風、語り口からの逸脱を意識している。だからこそ浦島太郎との密接な関連を呈示することにいささかの蛇足を感じるのはやぶさかではないが、かねてから浦島太郎という話の“母”の存在が気がかりだったのである。
行方知れずの息子を待ちわびながら独り粛粛と死んでいったら老女のことをいったい何びとが憶えているだろうか。 本作はその人物に宛てた、息子の旅先からの便りのつもりで書いている。





昔々あるところに、たいそう派手な背鰭と腹鰭をもつミノカサゴという魚がおったそうな。
 とげとげしい剣を振り回す暴君のような姿かたちと喧嘩っ早さ、おまけに水面の薄暗くなる夜間にばかり動き回るものだから、魚々からは恐れられ、このままでは稚魚に悪影響が、と見るに見かねた魚類の父母教師会――通称DHA(ドコサヘキサエン・アソシエーション)に雇われたコロシヤドカリが、寝入ったミノカサゴの腹から突き出た毒針を器用に曲げて、鳩尾にぐしゃり。強力な毒が回ったミノカサゴはそのまま御陀仏、補陀落渡海の旅に出たそうな。
 ミノカサゴを不憫に思った海神は、その亡骸を手繰り寄せ、こう語りかけた。
 いいかい、ミノカサゴ。お前はそんな物騒な体に物騒な中身を生まれ持ってしまったためにこうなる運命だったのよ。姿を変えるのはたやすいことだけれど、中身を変えてこそ神の為せる業、そうよワタツがワタツミよ。
 海神と書いてわたつみと読む海神の粋な計らい、否、気まぐれで、ミノカサゴはそれはそれは温厚で慈悲深い中身を伴って蘇ったそうな。いいかい、お前は今日からミノカサゴならぬ黄泉よりの使者、ヨミノカサゴ、そしてワタツがワタツミよ。
 ヨミノカサゴは思ったそうな。なんて魚生はまばゆく、希望に満ち溢れているものかと。これからは魚々の為に生きよう、この身が崩れてそぼろになるまで他魚のために尽くそうと。海神の棲む竜宮の屋敷から珊瑚礁に戻れば、仲間たちが波を起こすほどの賑わいで出迎えてくれた。
 ば、ばけものじゃあっ。
 毒のおかげで肉はたるみ、長旅のおかげで傷だらけになったヨミノカサゴの体はさながら生ける屍であった。けれども月日は経ったもの、かつてのミノカサゴを知る者はおらず、図体こそ不気味なヨミノカサゴであったが、仏の心が幸いし、皆には温かく受け入れられたそうな。
 あの時……ゴミノカサゴとどっちにするか迷いましたの。あのままくしゃくしゃになって藻屑にしてあげてもよかったのだけれど、万人ならぬ万魚に平等な機会をあげるのがワタツの役目、そうよワタツが……と海神は語る。次は直立できないタツノオトシゴをキャタツノオトシゴにしてあげるの、ワタツの赤ちゃん、ワタツの落とし子。赤子を抱く竜はとぐろを巻いてまどろむ。


 よく解せぬが……陸の世も海の世も、母の愛は不滅ということか。
 なんだか故郷が恋しくなった。
 そろそろ地上に戻るとするよ、乙姫。
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