丘の上の屋敷に住んでいたおじさんのことは今でもよく覚えている。
僕が小学生の頃にはしょっちゅう遊びに行って、おじさんのコレクションを見せてもらった。世界中の幻獣を記載した書物と精巧に作られたフィギュアの数々。屋敷には手伝いの若い女がいて、遊びに行くとよく煙たがられていた。
小五の夏休みだったか、僕はカメラに嵌りだして、一日中首からぶら下げている時期があった。屋敷に遊びに行くたび、おじさんのコレクションをカメラに収めた。おじさんは表情が暗かった。心配事でもあるのかと尋ねると、なんでもないと笑う。気を使ったおじさんには悪いけど、何かあったのだと僕には分かった。でも聞いてはいけない気がして、口をつぐんだ。手伝いの女がぶっきらぼうに茶と湿気たクッキーを置いていく。あからさまに億劫な素振りを見せるくせに、手をつけないと逆に叱られるのだ。僕は風味も何もない茶を飲み干して、すぐに撮影を再開する。
体の二倍はある大きな翼を携えた竜。針の山を背負う亀。巨大な目玉を飛び出させた金魚。斑模様に人の顔を浮かび上がらせた蜘蛛。目がない代わりにパラボラ状の耳を持つ蝙蝠。毒々しい色の棘が突き出た蛇。髑髏の顔に豪華な鶏冠を生やした極楽鳥。指先まで花弁に似た鰓で覆われた山椒魚。刺青のような痣があり、唇を突き破るほどの牙を持つ猩猩。
これまでに見た事のない幻獣たち。僕はすっかり彼らの虜になっていた。おじさんのコレクションは写真に収められて、僕のコレクションに変わる。それほど心躍る事はなかった。あの日が訪れるまでは。
しばらくして、おじさんは死んだ。屋敷を炎が包み、丘の上には焦げた骨組みだけが残された。出火したのはコレクションルームだった。火を放ったのは手伝いの女だった。最初から資産が目当てだったらしい。金だけの為に手伝いとしてある夜は情婦として、屋敷で雇われていた日々の詳細を、半狂乱になった女は悶えつつ話したそうだ。
ガスが笑ったから。火を放った理由を女はそう明かした。彼女は今、精神病棟に入っている。
間もなく燃やしてしまったのだけれど、嘗て僕の手元に一枚の写真があった。安楽椅子に肥えた体を沈ませるおじさんを横から撮った姿。その口から、煙草の煙のように、抜け出た魂魄のように、漫画の吹き出しのように灰色の気体が飛び出している。気体の中央にうっすらと、人の顔が見える。
その顔は厭らしそうに笑っていた。
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