ハワイでなければタヒチでもない。キングコングの棲む骸骨島やレッドキングの多々良島ほど物騒でもなければ、モスラのインファント島ほど神秘的でもない。モロー博士の島……いやいやそれは考え過ぎだ。バリ島、宮古島、パラオ、サイパン、シンガポール、インドネシア……該当しそうな南国の光景を思い浮かべるが、いまいちピンと来ない。
白い砂浜が数km先まで繋がっていて、背後には名も知らぬ熱帯雨林が生い茂る。コバルトブルー、エメラルドグリーン、どちらとも取れるコーラルベッドの海。ラグーンにはカラフルな熱帯魚の姿が見えたが、千切った色紙が漂っているようにも見えて生命の感触はない。
つい先程、この浜辺に身体一つで立ち尽くしていることに気が付いた。身に纏っているのは囚人服のような繋ぎのパジャマで、何せ直前の記憶がない。
南海に旅に出た覚えも、『エターナル・サンシャイン』ばりの記憶操作と仮想現実を体験するに至った覚えもない。第一パジャマが自分のものかさえも疑わしい。絵に描いたぐるぐる巻きの太陽の模様とは、なかなかにナンセンス。大の大人が着るものではない。
五分ほど浜辺を歩いて漸く宙に浮いた扉を見つけた。まさしくこれは夢だな、と思ったのは言うまでもない。扉にはプレートが貼ってあって、“夏への扉”とプリントされている。数回、ノックするが反応はない。無造作に開けてみたくもなるが、踏みとどまった。
『夏への扉』と言えばまさしくハインラインだ。あれは冷凍睡眠の話だったな、と思い出す。つい昨日のことを思い出せないのに、十数年前に読んだSF小説のことは覚えている。このリアリティが逆に胡酸臭い。
その時だった。扉が開いた。思わずのけ反って仰天する。今まさに扉の向こうから現れたのは、同じパジャマを着た紛れもない自分自身だった。
『何で俺がここに?』同時に呟くと、もう一人の自分の背後から粉雪が吹雪いてきた。事態を飲み込めると二人は夏の浜辺を駆け出した。
もう一人の自分が、高く伸びる椰子の木の麓に《春への扉》を見つけたのと、波音がけたたましい目覚まし時計のアラームに変わったのは同時だった。
この眠りは休日の昼寝なのか冷凍睡眠なのかは分からない。それよりも気になったのは、目が覚めた自分がこんなナンセンスなパジャマを着ているのかどうかだった。
悪い夢なら覚めて欲しいが、そういう意味ではここは楽園なのかもしれないと思った。
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