小六の夏はとにかく暑く、人々の頭を蕩けさせるばかりか混凝土の地べたでさえ煮詰まってしまうのではないかと想像したりもしました。明日から夏休みが始まるということで背負ったランドセルに道具箱を挟み込んで、両手は水着袋と鍵盤ハーモニカで塞がる始末。重たい荷物に息苦しさを煽られながら、ひとりで帰宅していた時のことです。
前方に赤いランドセルが見えました。同級生の女の子です。滑らかな紅の革生地からの陽の照り返しが眩しく感じながらも、上下に揺れるランドセルのリズムに集中しながら、一定の距離を保って歩いていました。今日こそ声をかけるんだと意気込んでいた僕ですが、彼女の傍らには背の高いワイシャツ姿の男が付き添っていて近づくこともままなりません。父親だろうと思いきや、以前に授業参観で見た人物ではありませんでした。いつもは三叉路で彼女は右折するのですがその日は違っていました。左折すると直に二人の姿は見えなくなりました。
その夜連絡網で彼女が死んだとの連絡が回ってきました。町外れの貸倉庫の中、全裸で横たわっていた彼女の身体には暴行の痕があったと記憶しています。昼間二人の姿を見たのは事実ですが、僕の証言は当てにならないと分かっていました。何せ警察の調べでも、彼女が殺されたのは前日らしいのですから。
それ以来、悪夢に魘されるようになった僕は何度か病院に通い診察を受けましたが、一向に病状は回復していきませんでした。終いには家を一歩も出られなくなり、今日のように部屋に閉じこもっては駄文を認めているのです。怪談を創作するようになると余計に、あの時見た二人の姿は一体何だったのかと考えることがあります。悪癖だと笑われるでしょうが僕はその度、事件の日、亡骸の傍らから拾ってきたリコーダーを吹いてみるのです。今なお微かに血の匂いのするリコーダーに口づけるとき、僕は一番幸せだと思います。
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