手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『アルケニスト』

[解題]
『アルケニスト』だなんて、それっぽいタイトルをつけていながら、未だにアルケニーという名称は呼び慣れない。
個人的にはアラクネと呼びたい。
デジモンにおいても、登場したのはアルケニモン。造形としては完璧だったが、アルケニーという誤読のせいでなんだかなあという気持ち。まあそんなこんなでギリシア神話に登場する妖女のなかではお気に入り。
最愛の蜘蛛女は『ビーストウォーズ』のブラックウィドーに違いない。ブラックウィドーになら、作中のようなことされても(嗚呼、自粛)


 赤い糸って信じますか――。
 目の前の女は、口淫も早々に切り上げて、ベッドで仰向けになりながら、そんな言葉を虚空に吐いた。焦らしの方法にしては意地が悪い。構わず、続きを始めようと胸元に顔を埋めると、体を横に倒し、こちらに背を向けてしまった。今時の高校生は大人を馬鹿にしている。いや、手玉に取る方法を熟知しているのかもしれない。曲がりなりにも、自分の勤めるバイト先の店長に春を鬻ぐぐらいの女だ。私のような被害者は過去にごまんといたのだろう。と言っても、私の場合、代金は給料の前貸しであるだけまだマシか。無論、貸したまま、せしめ取られる虞がないともいえない。だが、四万か五万の金ぐらい、この不憫な女に貢いでやってもいい。充分満足させてくれるのならば。
 女の隣に寝そべって、ホテルの天井を見上げていると、視界の隅になにやら赤い糸くずが宙を漂っているような気がした。目をしばたくと、それはどこかへ消えてしまう。
 運命なんてものは信じない。そう答えると、女は寝たまま左手の小指を突き出してきた。細くて白い指だ。爪には赤いマニキュアに奇妙な模様。黒い塊のようだ。視界がぼやけてきた。

 女は起き上がると、私の掌を掴み、自分の体に押し付けてくる。私の掌は若い女の張った胸の上を滑り、臍を撫でると、湿った茂みに吸い込まれた。女に操られるがままに、私の手はその股間に宛がわれ、指が狭い穴の中に入っていった。僅かに動かすと、連動して女の肩と声が上がる。潤いを堪能した中指を引き抜くと、その先に紅に光る一筋の糸が伸びた。生理中とは気がつかなかった。下着にナプキンなどついていただろうか。脱がせたわけではないから分からない。奇妙なことに、その糸はすごく伸びた。まるで断ち切れそうにない。体を反ってみても、糸は指と女の性器とを繋げたまま、照明の光で煌いている。

 その瞬間、私は女に押し倒された。糸が宙を舞う。女が吸茎し始める。先ほどのものとは桁違いの快感が背骨を走る。ぼやけた目が女の臀部に注がれた。赤い。赤い糸が空中に放出されている。なんだ、あれは……。女が顔を上げた。切なそうな数個の瞳がこちらを見上げている。のた打ち回る女の舌に、私は堪えきれなくなった。腰が震え、気が遠くなる。だが、太腿に食い込んだ女の小指に、私は明瞭と黒い模様を確認した。

 鋭い牙を持つ、織女――醜き女郎蜘蛛の姿だ。
 そして、女の牙が、突き立てられる。
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