少年の小さな掌に握られた、かの有名な暴君の人形。名前とは裏腹に黄金にテカる(そう、黄金怪獣にも負けず劣らず!)、その雄姿。宇宙忍者の二つの鋏も、磁力怪獣の巨きな顎も、深海怪獣のドリルのような角も、伝説怪獣の長い毛も、四次元怪獣の前衛的なフォルムも持たないその格闘主義の出で立ち。狂暴性を表すような、先細りの頭となけなしの牙。へこんだ眼咼と合わせれば、まさに髑髏の顔を持っていた。少年に操られ、その剛腕は銀色の巨人を完膚なきまでに痛め付け、ブラウン管では果たせなかった死闘の勝利を演じる。銀色の巨人を倒した宇宙恐竜でさえも、彼の前では火球も出せずそのパンチに沈むのだ。
彼は、王だった。彼の前に現われたどんな怪獣も星人も彼を倒せない。そんな彼でも唯一手を出せなかったものがいる。少年の女友達が忘れていった着せ替え人形だった。彼らは巡り逢った時からいつも一緒だった。
ある日二人は少年の仲人の元、結婚をした。誓いの接吻。名字を持たない彼が婿入りという形で、香山を名乗ることになった。彼は幸せだった。愛する者の傍らで、起立する髑髏怪獣。そこに彼の日の暴君の姿はない。幸せな日々が続いた。時に少年に操られるがまま、ミニスカートの彼女を弄び、服を剥ぎ取り、悦に浸る様にもなった。少年は面白がり、何処かで仕入れた知識を元に色々な体位を彼で試した。少年には聞こえない彼女の悲鳴と彼の雄叫び。
彼の幸せにピリオドが打たれる。彼は湿気のある玩具箱の底に詰め込まれ、押し入れの奥で息を潜めた。銀色の巨人の溜息と戯言が喧しい。銀色の巨人は教えてくれた。時期が来れば『夢の島』という場所に行けるらしい。『島』という響きに、体に刻まれた故郷の記憶――『多々良島』の残影が蘇る。強さが全てだった怪獣無法地帯である。それでいて、平和がない訳ではない。強さが安泰を生む。彼は平和を手に入れられる。今からでも遅くはない。せめて彼女を連れて行けるならば――。いつからか、久しく愛する彼女を見ていない。
薄暗い押し入れの戸の隙間から再び少年が顔を出すその時を夢見ながら、忘れ去られた彼が雄叫びを一つ。
愛する彼女の所在を彼は知らない。そしてまた、彼は知らない。己が単なる悲しき玩具だということを。少年もまた、幼き日に遊んだ人形の存在など忘れてしまっている。いつか旅立ちの日、玩具箱に彼らの姿を見つけても、二人の幸福を思い出すことはない。
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