手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『インフェルノ』

[解題]
単語の羅列について、固有名詞に頼り過ぎているだとか、イメージの強要だとか手厳しい意見を貰うことが多い。確かに技術はないが、想像力の失せる文章が蔓延する昨今に辟易し、そんな意見は無視している。たとえそれが自慰的表現だと揶揄されても、だ。
単語独自のイメージを引き出すことも物語る上での作法だが、その力に腕を預けることもまた重要な礼節だと思っている。日頃から、言葉に、文字に拘らないで何が作家だと豪語している作者なので、作品群を一読すれば思い入れもご理解いただけるだろう。
結局、文字というのは連結することで単語になり、その瞬間、累乗的にアトモスフィアが膨らむ。それを切り詰め、継ぎ接ぎし、彫刻することが作家の仕事。料理人が厳選スパイスを存分に使った料理を創作する傍ら、自然の味を優先した料理を重宝するように、素材を生かすことも作家の使命である。
羅列という行為に嫌悪感を抱く向きはあろうが、一語一語噛み締めるように読んでいただきたい。その単語が抱える様々な印象。単語単位を味わう余裕は長編では与えられない。短文で世界を表現する1000文字小説ならではの嗜み方だと思う。

なお本作では、南国幻想を彩るアクセサリーとして、あるいはリゾートに流れる断続的な時間を表現するため、羅列を用いた。体言止めも断片的な運びを意図してのものである。



 連なる炎。松明。香しきアロマ。灼かれた獣の丸焼き。フルーツテイストのリキュール。壁に並んだ民族の仮面。魔除けのアクセサリー。虹色の鶏冠を持つ極楽鳥の剥製。椰子の実のドリンク。水晶のカットグラス。ハイビスカス、ヘリコニア……原色の花々。グアバ、マンゴー、ドラゴンフルーツ……熟した果実。周囲に飛び交う異国語。口笛。笑い声。蔦の絡まるステージ。射し込むサンセット・サンビーム。蒸した黄昏。踊り子。サンバ。打楽器のリズム。BGM。
 花輪を頭に乗せ、カラフルなドレス姿の彼女はステージの真ん中にいた。情熱的な舞踏。腰で拍を取りながら、客に熱視線を送る。隣では坊主の男が青白い炎を吹き出して、ファイヤーダンスを始めている。

 二週間の滞在はいよいよ今日で最終日を迎えた。そこかしこにリリーの面影と思い出が残っているこの島。リリーを弔うための――いいや、自分自身を慰めるためだけの傷心旅行だった。一年前、はじめての海外赴任で訪れた時、ステージにリリーは立っていた。あの日、ステージ上で火だるまになり、僕を含める客の目の前で狂ったように焼け死んだリリー。今は後輩であるダンサー――メイリンが踊っている。
 彼女が僕に目配せをする。色気のある軽いウインク。アイブロー、チークとルージュ。細身の肉体に小振りの椀。すらりと伸びた小麦色の足。金絹糸のような長い髪。夕べ、ベッドの上で触れた感触が指先に蘇る。彼女の愛は激しく熱く、まさに本物だった。だが、それが地獄の豪火にならないとは誰にも言えない。

 ファイヤーダンサーの火が彼女の身体に塗りたくられたローションに引火する。僕はグラスを投げる。中のアルコールがダンサーたちに降りかかる。ステージは火の海と化し、官能的な音楽が悲鳴でかき消される。お香の隙間から薫り立つ肉の焦げる臭い。スタッフが消火器を持って来ても遅かった。
 火に沈むメイリンの目が僕を見る。夕べ、君は僕にすべてを打ち明けてくれたが、それは憎しみの炎を生み出す着火剤に過ぎなかった。君がリリーに対して行なった罪を、僕は再現したまでだ。今、君の身体を灼いているその炎は、憎しみの炎――。
 チャーター機に乗り、島を離れ、海原を染める夕日を眺め、しばらく物憂げになった瞬間、ああ僕も地獄へ行くんだと気付いた。僕は火の玉となり真っ逆様に落ちて行く。岩礁にチャーター機は落ちて、狼煙が上がる。
 夏が終わり、熱は虚空の中へ。
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