雨なんて嫌いだ。せっかく夏宵の空に咲いた打ち上げ花火の迸りでさえ、雨が降れば霞みで隠れてしまうからだ。
夕餉のあと、傍らに西瓜の乗った盆を置き、垣根の臨める板張りの縁側に腰をかけていた。
昨日からの一昼夜、頑なに降り続いていた雨はぴたりと止んでくれた。蒼い空には白と黄色の星がちらほら点り、銭湯の煙突から棚引く煙でさえ夜に映える。西瓜の、一番甘い、先端の身の崩れた部分を囓った。汁が唇の隙間から垂れた。膝頭に冷たさを感じ、赤い染みが出来た。水気のある赤――。
どぉーーん、どぉーーん、と音が河原の方から響いた。空に虹色の百花が咲いた。みっちゃんと花火大会に行くと約束していたのに、それは叶わなかった。一年前、みっちゃんの家に赤紙が届いたのだ。みっちゃん宛てだった。先々月、みっちゃんは漸く十六になった。赤紙の規定にぎりぎり該当する。そうか、もうみっちゃんとは花火を見に行けないのか。うちは河原には行かずに縁側で済ませることにした。縁側でも充分、花火は見える。今年は三十発。夕刊に挟んであった次第によれば、うちの目当ての花火は最後の方。とりあえず、先の花火を横目で見ながら西瓜にしゃぶりついた。
どぉーーん、どぉーーん、という音は止まなかった。五発、十発。それぞれがそれぞれの歓声のようにも聞こえる。歓声――いや、そんな生易しいものではないのだけれど。 間隔の隙間に実況の前言と合いの手が入る。地元の局アナ。快濶な声が、告げる。
「続いては、今年一番の若花火。御年十六の四尺玉だぁ」
一発が打ち揚がった。白い紐が空をうねって昇る。次の瞬間、紅の煙火の花が夜空に咲いた。今度こそ屋根の向こうから観客の黄色い声が聞こえてきた。花びらは空に円を描き、周囲に伸びた火の枝は垂れ、次第に崩れていく。その時、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。見る見る空に暗雲が広がってくる。雨霞が夜を遮る間際、空に咲いた菊物の花びらがくるんと滑り落ちるのを見た。
雨なんて嫌いだ。だが、降る頃合には感謝したい。みっちゃんの花火。その勢いは強烈だった。みっちゃんは虹色の火花になり、紅の雨となって地上に降り注いだ。火であり血でもある雫は、夜空の端にも存在しない。
花火の音は雨音に消され、雨に閉ざされた縁側で、うちは先週届いた赤紙を見つめていた。この町名物、人間花火の通達状。汗ばんだ掌で握る湿気た赤紙。指でなぞったのは――うちの名前。
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