午後二時二十四分。
彼女の亡骸を見据えながら、白衣の紳士が告げた死亡時刻。最善を尽した医師を死神と呼ぶ気にはなれず、僕は彼女の死を素直に受け入れた。元からその死は彼女が生を受けた瞬間から僕らには告げられていて、むしろ成人を迎えられたことが神の贈物として感謝せずにはいられない。
彼女は生前のままの美貌を、その肉体に保っている。点滴の跡とかつて茨の迷宮を探検した時に、鋭い棘によって右手の甲に刻まれた痣を除けば……傷一つない。僕は今朝、あの迷宮を抜けた丘の上の庭園から一束分の勿忘草を持ち出して、彼女に捧げた。“私を忘れないで”――そんな花言葉に肖ったつもりはない。白詰草でも何でも良かった。あの庭園の花々の中で、彼女が生前好きだった花であれば――。
亡骸をどうするか。それが目前の課題だった。脳死というアバウトだが究極的な死。白衣の紳士は事務的だが明瞭に僕らに説明した。
「選択は二つです。通常どおり火葬にする。宗教的な問題があればお聞かせください。それともう一つは、きっとご存じでしょうが」
僕らは白衣の紳士に連れられて、病院の敷地内にある植物園に来ていた。
そこには群生するラベンダーや、チューリップ、アカシア、スイートピー、ありとあらゆる色彩の花々が白日の下、生き生きと咲いている。
「きちんと水と、養分――粉末状のものを根元に蒔いて頂くだけで半永久的に枯れはしません」
説明を、僕らは聞き入っていた。以前から決めていた。彼女もそれを望んでいた。目にする花々の鮮烈な姿が一層、決意を頑なにさせた。
「エッセンスは各種揃えてあります。例えば朝顔や水仙なんかは、お年を召した方々に人気です。珍しい方ですとラフレシア希望の方も。ざっと百種類はございます。何かご希望は……」
彼女が帰宅した。迷宮の奥の庭園の、最も光が当たる特等席に連れて行き、彼女を埋める。一月ほどで芽吹き、半年も経つ頃に黄色い見事な花が咲いた。それを眺めて、高校時代顔に出来たにきびを恨めしそうに潰していた彼女を思い出した。でも、彼女が一番好きだった花だ。彼女が選んだ。
花の遺伝子を屍体の細胞に組み込み、半永久的に咲く人造花を生み出す技術。まるでビオランテだと馬鹿にしていたが、今ではそうは思わない。
枯れはしないが、またじっくり愛情を込めて育てて行こう。燦々と降る日の光を一心に浴びた、向日葵。
綺麗な、本当に綺麗な、僕らの娘だ。
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