手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『麗を弔う宴』

[解題]
『短編』に投稿したときの感想で、面白そうであって面白くないという的を得た感想があった。確かにこの作品の特色として、前にも後にも広がっていく開放性がある。それはある種いつまでも歳を取らないサザエさんの手法でもあって(は言いすぎだけど)、この作品はバックボーンだけが構築され全体像があやふやな設定。
それを現代ファンタジーらしい、枠に収まっているようで思いっきりはみ出している物語の剰余として受け取ってもらえたら幸いだが、虚像が浮き彫りになり上っ面を掬ってみても薄い塩味しか提供できなければ、件の感想を貰うことになる。
大いなる物語の終章でもあり、序章でもあり、そしてそのどちらでもないという弛緩した設定が、否定肯定どちらに転ぶかは読者の嗜好に頼るしかない。



「乾杯しよう」
 八手が静かに笑みをこぼして、グラスを上げた。二十数名いる他の者たちも真似をした。皆、喪服がよく似合っている。
「彼女は――麗(うらら)は、我々にとって特別な存在だった。母であり姉であり、妹であり、恋人だった。彼女は我々を愛し、我々は彼女を愛していた。――心から」
 星野が語り出す。その瞳はうっすらと濡れている。
「集まってくれてありがとう。麗は宴が好きだった。歌を歌い、踊りを舞い、至福の時だ。今日はあの幸せだった頃の再現をしよう。乾杯」
 グラスがかち鳴る。飲んべえの八手は幾つものヌーヴォーを飲み干し、昔以上に顔を紅潮させている。宇都宮も一緒になって暴飲暴食に抜かりはない。人知れず、麗を心から愛していた平は隅で、悲嘆にくれていた。
「今なら彼女を正面から見つめることが出来るのに……」
 私は呟く平の肩を叩く。気持ちは分かる。
 ここにいる全員にとって、麗は特別な存在だった。人間の身体に魚類の尾。一目見て、彼女を化け物だと思わなかったのはその美貌によるものだろうか。初めて出会った時、水面から覗かせた顔――。碧色の長い髪に、澄んだブルーの瞳、紅を塗るまでもない整った唇、朱に滲む頬――。

 宴も酣(たけなわ)の頃、皆が一斉に嘆き出した。
 彼らにも感謝している。私も余所者だった。そんな私を受け入れてくれた彼らも、私にとっては特別な存在だ。
 私は会場の窓を開ける。朝の潮風が吹き込み、カーテンが靡いた。
「気持ちいいな。酔いざましには特に」
 誰かが言った。その肌は乾燥してきている。魔法が解ける時間だ。
 皆がグラスを手から離し、直立して時を待つ。彼らの身体が震え始めた。顎の下に同化していた鰓が離れ、腕が縮んで鰭が広がる。鱗が浮き出ると、一張羅の喪服を脱ぎ捨てて、窓から崖下に臨める海原へ飛び込んでいく。死に際の人魚が放った一つの魔法。彼女に恋をし、海に棲むものが一晩だけ、人間になれた。
「なあ。俺たちは同志だろ」
 声をかけてきたヒトデも、ウツボも、タコも、ヒラメも、仲間たちは名前を捨てて海に消えていく。
 そして、私も――。

 麗の微笑み、奏でる詠唱歌(アリア)。水面を叩く尾のうねり、話してくれた七つの海の伝説。忘れない。

 海の思い出に別れを告げて、私は元の姿に戻る。
 家族が迎えに来ていた。
 私は白い翼を広げ、飛び立った。故郷の空へ。
 海鳥の、群れの中へ。
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