くそつまらない小説だった。
表紙とタイトルに惹かれて、即座に購入したものの運の悪さに辟易してしまう。確かに、これっぽちの内容だと知っていたならば購入してまで楽しもうなんて思わなかっただろう。そんな文庫本でも、今もまだ手元に取ってある。
押し入れはいっぱしの書庫のように本が積み重なっていて、たまたま他の文庫を探していると、指先がくだんの文庫本を探し当てたのである。
地味に戦慄した。まだおまえはこの名作も含まれる堆く積まれた本の城に潜んでいたのか。とうの昔に捨てたとばかり思っていた。だが、これも何かの縁だと、あのときのつまらなさも懐かしくなり、開いてみる。そこにははっきりと読みかけであるという証拠が残っていた。400はあるというページの三分の一にも満たないあたりで、何かが挟まっていた。なんだ、しおりか。
いとこのお嫁さんが栞という名だったが、この場合は関係ない。しおりは枝折と書く。そうだ、あの短冊形の。いや、もしかしたら枝折ではないのかもしれない。きわめて珍奇なことにそれは単なる枝だったからだ。強引に毟ったかのような木の枝。散歩中に手短なものですませたのだろうか。記憶にない。
ふと枝折の下には、ページの紙に黒い点がいくつか表出していることに気が付いた。枝折を掴み上げたまま、黒い点を眺めていると、ぽたぽたとページに落ちて行く。指の間の枝折の端から、どす黒い血のような液(樹液にしては生臭い)が滴っているのだ。
まるで人間の腕のようだ。腕を毟りとったら、こんな具合になるのだろう。
木にとっての腕、それが枝。
それ以上の思考は私には許されなかった。私は天啓を受けたが如く、パソコンに向かい文字を打ち出した。手が勝手に動く。わらわらと風にさざめく葉枝のように。
紡いだ文字は文を成し、段落に分かれ、やがて一端の物語となった。一度、雑誌に投稿すれば、賞を取り本になった。それが手元に来た時の感覚は何とも恍惚だ。だが開いてみれば、やはり血に濡れた枝がある。だからまた文字を打つ。物語を紡ぎ、本を作る。枝。枝。枝。枝。
たちまち枝の亡骸が増えていく。増殖する枝、枝、枝、枝。ページをどす黒く塗りつぶし溢れる血、血、血、血。枝、血、枝、血、枝、血、枝、血。恐怖におののく暇すらない。
これ以上の犠牲を生むわけにはいかない。枝は今もなお、死に続けている。
私が小説を書き続ける動機なんてそんなものだ。
PR