おんや、懐かしい顔が来たわ。随分と長い間顔見せんかったけど何かあったんかい。昔は毎日潜りに来てたんになあ。テレビで見とったわ。兄さんとこの会社、大変やったな。集団リストラ。免れたんかい。そら、よかった。さては緊張の糸解れて息抜きにやって来たってことやな。まま、ゆっくりしていき。
兄さん来ん間、この浜も大変だったんや。波は荒れるわ、船は沈むわ。一時期、閉鎖もされたりな。ま、最近ようやく落ち着いて来たからええけど。
おかわりか。ちょ、待っといて。手元に切らしてんだわ。なに、すぐ隣りから持ってくるだけや。そや、昔から顔なじみや特別に仕入れた酒飲ませたるわ。待っとき。
ところで兄さん、もう浜には潜らへんのか。もったいないなあ。兄さん、素質あったのに。
兄さん、よう言っとったやないか。海が第二の故郷やて。飽きた訳やおまへんやろ。まあ、一人で潜るんは危険やからな。そや、こないだも……。
ん、どないした。変な味がするって。
んな、訳あるかいな。兄さんがよう好きな赤ワインやで。酒は発酵はしても、腐りまへんて。酒まで腐ったら商売上がったりやわ。わてをリストラさせる気か。
……兄さん、俺が昔、話したの覚えとるか。ここの前のオーナー。そこの浜で、溺れ死んだんや。
酒、たらふく飲まされて海に突き落とされてな。
でも、オーナー死んでからや。この浜で吸血鬼の噂が出たん。なに、ただ単に溺死体の腹ん中が海水やのうて、赤ワインで満たされてたからや。不思議やろ。不思議やないて?
赤ワインたらふく飲まされたんやから当然て。けけけ……それもそうやわ。
でも、わては知っとる。
吸血鬼はな、実際におるんや。西洋の館やない。海底に潜んでるんや。見つけてもらうのを待ってるんやで。吸血鬼に襲われたもんは吸血鬼になってまう。常識やろ。死体の腹ん中のはワインやない。本物の血や。血で酔えるんや、本物は。こないだも一人犠牲になっとるんや。オーナーと同じや。
吸血鬼は仲間を欲しとんねん。血の杯で乾杯、っとな。ああ、溺死体の話やけどな。言わんかったかな。どいつもこいつも血が抜かれとるんや。代わりに海水と腹ん中のワインでぶよぶよ。気っ色悪いやろ、鱶のお化けみたいなんが海面を漂ってくるんやで。
なあ、どうや、兄さん。おかわりは要らんか。兄さん、兄さん、ん、あかん、すっかり酔い潰れてもうたみたいやわ。
ん、それとも溺れとんのか……けけけ。
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