末期の眠り、あるいは故郷のベッドに埋もれて見る永い夢かと思いきや、何者かに薬をかがされて、コックピットの床に寝そべっていただけらしい。胸から下に重くだるい気配が満ちていて、おまけに硬すぎる寝台のせいで体の節々、肌の各所が痛い。やっとのことで立ち上がると、乗組員の姿が見えず、テーブルの上の灰皿のなかで端まで燃え尽きた煙草が固まっていた。ドクター・ナンジョー……無意識に工学士の名を呟いていた。船内で唯一の喫煙者は彼しかいなかった。けれども航海中喫煙できないことを、拷問とまで呼んで苦しんでいた姿を見ていたわけで、今ここに吸殻があるのはどういうことなのか。
操縦席に駆け寄り、AIを呼び出すと、機能停止はしていないようだった。
「フローラ・グリフィン。クルーナンバー一一五。AI応答して」
「声紋一致シマシタ。ドクター・グリフィン、タダイマ自動操縦中デス。手動ニ切リ替エマスカ。切リ替エル場合ハ……」
「船内の探知プログラムを」
「了解シマシタ。……現在一名。解析シマス。フローラ・グリフィン博士、一名搭乗中デス」
「他のクルーはどこに行ったのっ」
「生命情報ヲ表示シマス」
船長やドクター・ナンジョー、全六名の乗組員の情報は四時間前周辺で更新されていない。つまり、死んだか船外に出たかのどちらかだ。
「原因は?」
「解析デキマセン」
船内を探し回って半月後、クルー達の亡骸を見つけた。背後からナイフで刺されたもの、真空状態になったハッチで事切れていたもの……死に方は、いや殺され方はさまざまだった。六つの死体を確認したところで、殺したのは自分ではないかという不安に苛まれた。コックピットに腰掛け、狂気と絶望の淵で堪えていると、AIが喚き出した。
「生命情報更新中。現在二名。フローラ・グリフィン博士。プラス一名確認」
慌てて立ち上がったとき、下腹部に違和感を覚えた。ふと、無人の操縦席に目をやると、とある一部分の背景が歪んで見える。
「生命情報ハ人間ノ遺伝子サンプリングヲ根拠トシテイマス。アンノウン、五〇%照合」
歪みが近付いてくる。テーブルの上の煙草とライターが宙に浮き、独りでに火がついた。アラームが鳴り響き、換気装置が作動する。
目の前に何かいる……。途端、体を優しく愛撫される心地がして、それも二度目なんだと気がついた。
不可視の何かは声も出さなかったが、産んで欲しいという意志だけは確かに脳に伝わってきた。
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