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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『青のサーカス』

[解題]
どこかでみた同名の絵画をモチーフに、とよくよく調べれば、それは天才シャガールの絵で、しかもタイトルは『青いサーカス』であった。絵画に描かれたものをモチーフに引用するよりかインスピレーション(それも“どこかでみた”当時の)を大事にしようと決めた。なので必ずしも『青いサーカス』がモチーフとはいえない。
作風としては、長野まゆみ風の硬質なファンタジーを目指したが、なにぶん文字が少ないために発揮できぬまま息切れした覚えがある。
ロボットテーマの『ハカイ者』では描ききれなかったロボットたる魅力を表現した。オマージュでもなんでもないが、ロボットを描くにあたり、ラーメンズ『ATOM』の中の一編『アトムより』に登場するノスというキャラクターを忘れずにはいられない。そんな心情も書き添えておく。


 夜が瑠璃色だと教えてくれたのが父で、天鵞絨色だと教えてくれたのが、母だ。
 鋪道を抜けて、煉瓦造りの門を抜けて、色とりどりの人の首……違う、諷刺画に描かれるような人間の顔を挿絵された風船だ。垂れる凧糸を道化師に束ねられて、ぽんぽんと互いの護謨を弾ませている。ムゥンパァクに一夜だけ曲馬団が訪れる、《翡翠夜》が今夜だという噂は、友人のバルと菓子屋に並んでいるときに耳にした。
 バルは駆けていった。僕は柘榴石のジュエリを二人分買わなければいけなくなった。バルは僕が一緒に行けないことを知っていた。バルだけではない。この町に住む大半の人々が、ムゥンパァクは自動人形の体によくないと知っている。電磁波を放つ月の石が地下にたくさん埋まっているからだ。

 バルを待たずに家に帰ると、玄関先で母が待っていた。毛布ごと母の懐に抱かれて、妙だなと思いつつも、今夜はしょうがないと自答する。翡翠夜に部屋の窓からムゥンパァクを眺めるのが癖だった。墓標の連なったような街並みの真ん中に、そこだけ燈し火が集まったような、ほんのり眩い夜景をみると、夜が瑠璃色だという父の言葉も納得できた。けれども少し目を背けば、薄闇に閉ざされた町は健在で、曲馬団の照明が届かない町の果ては、東を囲む山稜も、南に広がる湾景も、母の云う様に天鵞絨を思わせる深い青緑の闇で満ちている。
 一階に下りると、食卓の上の燭台だけが灯っていて、母が頬杖をつきそれをじっと見つめていた。焔が表面の膜にしっとり水が宿っている母の瞳を照らし出す。こちらを向いた母と目が合った。「アシル。ごめんね」

 アシルというのは両親がつけてくれた名前だ。本当の名前はクリアプラス。個体識別名ともいう。この世に一つきりしかない、自動人形の名前。アシルという名前は父も知っている。けれどクリアプラスという名前を父は知らない。前回、曲馬団がこの町を訪れたとき、エリクシルという名前だった僕はムゥンパァクを訪ねた。団長を務める父に会いに。敷地に踏み込んですぐ全身が痺れ出し、頭のなかが燃え滾った。エリクシルは二度と目覚めなかった。彼の記憶と感情は新しい個体に移され、僕が生まれた。

 ごめんね、母さん。呟いて門を潜る。
「アシルっ」
 燕尾服に身を包んだ紳士が、卒倒した僕を受け止めた。
 妙だ。姿形が変わっているはずなのに、父はどうして……。
 僕だけの天幕が下りる。瞼の下、暗闇を翡翠が満たした。
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