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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『狂った蜻蛉』

[解題]








雲が遠くにみえる。ふわふわの白い雲は、鈍色の雨雲の向こうで点々としている。
 ベランダの手すりに水を入れたからのペットボトルを置いて、ジッポーの火をつける。くわえた煙草の薄荷が唇に滲みだしている。煙がくゆる。少したち上って、十月の冷気にとけていく。
 びりびりと耳障りな音がしたかと思えば、とんぼが一匹、不時着した。大きなアキアカネだ。薬指ほどはある。平衡感覚を失っているのか、翅がちぎれるのも厭わぬ動きで足場に転げ落ちた。未放送のラジオめいたノイズを発して、雨樋代わりの排水口に引きずり込まれていく。おとなしくなった。辺りには翅の断片。これじゃあまるで私がむしったみたいじゃないか……。


 天へと佇立する輸送船のまわりを遺灰鳥が旋回している。これから宇宙へと出航する船に野次を飛ばしているのか。黒く湿った翼から今にも汚穢がしたたっている気がしてならない。こんなに遠くから眺めているだけなのに、分泌液めいたスモッグの汚れはこの手で掬うように判る。
 軍需工場の煙突からは未だ空を脅かすほどの大量の排煙。この視界の悪さは眼鏡が脂で曇っているわけではない。この街の素顔なのだ。鉱石から炎と煙と光を生みだす〈魔龍器〉――伏せた龍をかたどった排気機関だ。街の守り神かとひとりごちて煙管に火を灯す。清浄な大気を求めて地を発つ〈昇龍〉もまた、その駆動源は同機関によって生み出される。本末転倒ではないか。ましてや鯉が滝を登るならまだしも、あの造形は、まるで翅のもがれた蜻蛉のような、棒きれ……。
 わが街より早くに発った美国では、〈龍〉の名をもつと言います。
 隣で管制官が知った風な口をきく。だからなんだ。そう返すと、管制官はばつが悪そうにゴーグルに手を添える。そろそろ発射です。そう聞こえたときにはすでに煙管の火は消えていた。


 ……ペットボトルに煙草を沈めて、室内に入る。夕方のニュースでは大気汚染の話題。窓の外に目を向ければ、ぽつぽつと雨が降りだしてきていた。ニュースは台風の話題に移っている。白い雲が逆巻いて、分厚い竜巻を描き、なかの空洞をなにかが昇っていく幻視が浮かんだ。きっとあれは、翅を失ったとんぼの躯体だろう。
 気まぐれに描いたイラストを机に広げる。離陸に失敗したロケットの画だ。歪んだスチームパンクにしては荒唐無稽だが、少し気に入っている。
 アトリエの椅子に腰掛けたら、ふとまた一服、煙草を喫したくなった。


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