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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『バリア・オブ・ムーンライト』

[解題]








光子が物質化して、球体を象る。それはレーザーを同化し、ミサイルを灼き尽くす。画期的な防衛手段であり、兵器開発の革命だと頑なに信じていた学者たちがいる。たち、と呼んでかまわないだろう。今でも私たちは私たちのままである。
 
 パターンは二つあり、太陽の光を集めたAと月の光を集めたBである。強度はAが圧倒的に高く、人気もあった。だが暴力的だと揶揄されているとおり、あまりに強すぎて操作性に容易さを欠いた。代替パターンである月光を用いたBの方が波長が安定しており、集積も容易だった。バリア構築も複雑ではなく、球体の秀麗さではこちらに軍配が上がった。
 ただひとつの問題は強度であり、月光とは死んだ日光の謂いである月光を用いたBパターンとはAの廉価版に過ぎなかったのだ。何らかの外部技術を導入しない限り、兇暴でありながら強硬なAの衣鉢を継ぐバリアには到底数えられなかった。

 時間の経過とともに数多のチームが開発を辞退した。将来的には衛星基地や宇宙ステーションに活用できる見通しが立っていたが、誰もが挫折を感じては、国庫事業であることを理由に進歩も見せず公表を長引かせ、細々と研究所に閉じこもるのみ。三haある敷地を包囲する大きさのプロトタイプが定着した頃には、技術省の事業一覧からも忘れ去られてしまっていた。
 メンバーも他事業から引き抜きにあい、一人去り二人去り、責任者と内部事情に精通した数人が取り残される形にまで至った。その矢先、事故は起こった。

「いったい一人でなにをぶつくさ独り言を呟いているんだい。ワン」「邪魔をしないでくれ、ツー。きみは他人の日記帳を覗く趣味があるのかい」「他人の日記帳ったって、お前は俺だろ。俺の日記帳だ。それに俺はツーじゃなくて、スリーだよ」「スリー。きみにはこの日記帳の中身がわからない。ぼくがきみなら、わかるはずさ。つまりぼくらは他人同士だ」「そこら辺にしろ、二人とも。もうその問答は聞き飽きた」「……」「あの頃の記憶、ヨミガエル。クワックワッ」「ツー、ファイブを休憩室に連れていってくれ。元はといえばきみのペットだろ。その蛙は」「冷たいことをいうなよ、ワン。きみは連帯感というのを忘れがちだが……」

 私たちは私であり、私たちである。光子に融かされたメンバーの意識は交じり合ったあと、再分裂を繰り返し、今では数百の光子生物となりドームのなかを泳いでいる。
 事の発端は、研究所での内紛を引き金として起こった精密機器群の連鎖爆発だった。死は避けられないほどの電力と火力と、そして光が研究所を包み込み、なかにいたメンバーは分子レベルで崩壊したが、もっとも速い光が私たちを同化してくれたお陰で意識だけは留められた。
 プロトタイプは外壁より内壁の方が強度が高かった。爆発により崩壊しなかった光子の球体のなかで、逃げ場もなく電気と火に噛み千切られる私たちは、さながら阿鼻叫喚の地獄絵図の渦中にいたことだろう。
 こちらが眩しすぎるからか非常に暗い闇に埋もれた外部を推測するに、敷地一帯、異常な光度と電波に覆われたがために、調査隊も近づけないでいるのだろう。無論、私たちは事故で亡くなっていることになり、廃墟あるいは荒野となった敷地に青白い球体だけが輝いている光景を、人々は夢見ているに違いないのだ。
 きっと私たちは太陽の亡霊として、人類亡き後もこうして居続け、やがては母星の……

「……脳髄として崩壊する、か。ワン、きみはSF小説の読みすぎだ」
 だから覗くなよっっっ―――私たちは諍いの名の元に発火し、連鎖爆発を繰り返す、さながら亡き精密機器群の末期の如く。あるいはこの星の、シナプスの如く。

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