《魔美ちゃん》のビー玉は、同級生の藤本だけが持ってた。
数で僕が負けたことはなかったのに、学年のアイドルだった《魔美ちゃん》のビー玉を藤本が手に入れてから、男子の間では藤本が一番のコレクターと呼ばれるようになってしまった。毎日、休み時間になっては、それまで話をしたこともないくせに、別のクラスの男子がさも親しげに藤本を訪れる。藤本が大事そうに手の平に乗せた、綺麗な空色のビー玉の中心で、暇そうに佇んでる《魔美ちゃん》を愛しそうに眺めてくのだ。そんな時決まって魔美ちゃん本人は、照れくさそうに友達に小突かれながら、満更嫌ではないような素振りを見せる。僕は面白くなかった。
僕のクリアケースには、この半年を費やしたコレクションが詰まってる。《美宇ちゃん》、《静ちゃん》、《美代ちゃん》、《エリちゃん》、《ルナちゃ ん》……。どの子も、ルックスは中の上。コレクションを彩るには申し分ない。でも、ダメだ。《魔美ちゃん》には敵わない。それは僕自身が一番気付いてい た。コレクションを脇に抱えて、藤本を呼び出したのは夏休み前のとある日。
クリアケースの中にびっしり詰まったビー玉を見せると、一瞬だが、藤本の目は輝いたように見えた。しかし彼は頭を振り、「交換はできないよ」とあっさり断った。
「交換はできないけど、そんなに君が“これ”を欲しいと言うんなら仕方ない。あげるさ」
彼はポケットから《魔美ちゃん》のビー玉を取り出すと、僕の手の平に握らせた。
「僕にはもう必要ないからね」
すると、藤本はくるりと踵を返し去って行った。その先には本物の魔美ちゃんが待っていて、仲良く手を繋ぎ歩いてく。
突然のことに動転しながら手を開くと、確かにそこにビー玉はあった。《魔美ちゃん》がいる。でも、ぴたりと固まって動かなかった。ということは。本当の魔美ちゃんが藤本を恋人に選んだ証拠。実像は消え、虚像だけが残される。それはもう空っぽ同然だった。
これが僕が欲しかったものなのだろうか。
あんなに欲しかった《魔美ちゃん》のビー玉は美しさがちっともない。魔美ちゃんの姿を模した人形が封じてあるだけだ。憧れの《魔美ちゃん》はもうどこにもいない。本物の魔美ちゃんとどこかへ行ってしまった。
なのに……それでもそんな《魔美ちゃん》に見とれてしまう僕はこの先、果たして誰かを本気で好きになることが出来るのだろうか。
ねえ、教えてよ、《魔美ちゃん》。
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