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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『代わりに、小鳩を』

[解題]
蓋を開ければ、ファンタジーでもなんでもないという妙。
4ヶ月ほど《短編》の投稿をやめた時期があり、その復帰作だったわけだけど、本作の悪魔主義が徐々にエログロへと変遷を辿っていったというわけで、それもまた記念。
本作の取り扱いとして適しているのは、クリスマス時期、調子に乗ったガキンチョに読み聞かせて、きょとんとしているのを見ながら、豪勢なチキンを頬張ってみること。それぐらいしなければ、悲哀は分からない。


 私を熱に浮かし、喉を潰し、そして声を奪った病は、今日も元気です。窓から見える宿り木の葉が散ったら、愈々死んでしまうのではないか。そんな気がしてなりません。それでも貴方と取り合う連絡が待ち遠しくて、心から死んでしまいたくないと、そう思います。
 最後に貴方が見舞いに来てくれたのは、二月ほど前になりますね。貴方も私と同じ病を持つ身、苦しみも悲しみも貴方が一番分かってくれました。先日届いた手紙を読んで頂けましたか。お返事がないので心配です。もし万一のことがあれば、私の耳にも届くはず。体力には自信があると話していた貴方の姿が忘れられません。
 今宵は聖夜。貴方はどのようにお過ごしになるのでしょう。イブを一緒に過ごすという約束は叶いませんでしたね。初雪を一緒に見るという約束も……こんな弱音を漏らせばまた貴方を困らせてしまいますね。ごめんなさい。
 聞いてほしいことがあるのです。冬の薫りを楽しもうと窓を開けていたら――もちろん母には内緒です。見つかったら叱られます――白い小鳩が一羽、窓枠に降り立ったのです。懐っこく、愛くるしい瞳は貴方の黒い瞳に似ております。もしや見舞いに来られない代わりに、小鳩を……そんな想像をして嬉しくなりました。そこで鳩の足に文を結わえて放してみることにしました。きっと貴方に届くかも。そう、会いに行けない代わりに、小鳩を、と。
 空は灰色にくすみ、吹雪いてきそうです。貴方の街は如何ですか。貴方の街にももうじき雪が降ると聞きました。どうか暖かくお過ごしになって下さいね。
 町の真ん中にトゥリーが立ちました。可愛らしくも大きい、綺麗な樅の木です。来年こそは一緒に見られるといいですね。

 イブのディナーの仕度を整えた後、母が娘の部屋の扉を開けたとき、娘は窓辺に腕を差し伸べたまま、冷たくなっていた。娘の笑んだ死に顔を見つけ、喉が潰れるまで泣き叫んだ後、暫く茫然とした母は、居間に戻り、医者に連絡を入れ、食卓に着いた。ディナーを前に、何も考えられなくなって、手をつける。貧しいながらも娘の為に拵えた、メインディッシュ。冷たくなった鳥肉は塩気が強い。到底七面鳥など準備できず、代わりに、小鳩を――庭先で休んでいた純白の小鳩を捕まえて焼いたのだ。
 降り積もる白い細雪が、硝子窓を覆っていく。屠殺してから気がついた娘の手紙を胸に押し当てながら、母は、窓の外で一際煌くトゥリーを見つめ続けた。
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