この下水道の外側は絢爛豪華な趣きで、液晶画面とLED掲示板が連なり夜通し深夜労働者たちを明るく照らしているという。眩い光は地下までは届かず、不夜城の片鱗は露ほどもない。あるのは汚水のせせらぎと堆積した糞尿の影、廃棄物の怨恨が詰まっていそうな闇ばかりだった。しかしもうじき都市の地下も生まれ変わる。リサイクル開発が進み、地上に整備されたナスティイーターと呼ばれる浄水加工機の誕生を基盤に、改革事業の一環として練られた計画によれば、下水に到達する汚水の六割は減る計算だ。撤去工事が滞りなく進めば下水道が失われる日も遠くないだろう。
一方で、下水道に暮らす《葬巣》たちの住処を奪うことにもなる。市街地開発の進捗に伴い、地上を追われる《葬巣》が増したのは言うまでもないが、アーケード下を追われると地下道へ、地下道もダメなら更にその下へ、そうして最期に行き着いた先が……この下水道だ。
細いLEDのライトが闇を飛ばして、汚水の油膜が蠢くように煌く。鼠一匹おらず、ただばらばらにされた妊婦の亡骸が、四肢を捥がれた挙句もみくしゃにされて放置されている。側壁には幾つも孔があき、何処から流れてくるのか黒い水が糸を引いている。
「君もそういう趣味だったのか」
猟奇殺人犯を追ってここに来たはずなのに、いつの間にか誘い込まれていたのは自分だったようだ。あの妊婦が俺の探していた女ではあらず、彼の追っていた男もここにはいない。事前に伝えられていた犯人の素性はフェイクだったのか。
露店街の路上に二十センチほど突き出た管がある。売女を逃がした男や、取り締まりのために店に入ることの出来ない若者が、手で慰めたあかつきに精液を放つための管だ。誰がし始めたのかは知らないが、暗黙のうちに定着してしまった。そして管を通り辿り着く先がここ。
妊婦を汚水から引き上げる。肩がずり落ち、両の乳房がごっそりと抉られている。近くの壁に萎んだ皮膚が張り付いていて、やや膨らんでいる形状、赤黒い窄まりから見て乳房のなれの果てに違いない。次いで汚水のなかに手を突っ込み、溺れた胎児を拾った。毟り取られた臍の緒が雫を散らして揺れる。首からうえが無かった。乱暴に噛み千切られているから、鰐の餌になったのだろう。どこからどこまでが、人の仕業か、探る気にもなれない。
壁の孔がごぼごぼと唸り、排泄物に塗れた女の肉片が排出される。終いにゃ内臓。
彼はそれらを蹴り上げ、唾棄した。
「近頃の若造はなにを考えているのか分からんよ」
このような心象風景を眺めても、その意見は変わらないという。
脳波測定、仮想現実、精神鑑定、厳かな字面のそれらが合わさり、このヴィジョンは出来ている。殺した女を、骨肉だけならまだしも腹腔に溜まっていた糞尿さえ残さず平らげる、ナスティイーターと呼ばれる殺人犯が標的である。鬼畜の所業を行うまでに至った原因、その調査のため派遣された、彼はアンダーグライダーだ。
ぐぅぅ、と腹が鳴った。彼女の断末魔かもしれない。
下水道管の深奥をライトで探りながら、彼は、感情の失せた声で調査結果を告げる。
「君の心の闇は、途轍もなく深いのだな」
ナニを言っているのかさっぱり分からないが、胸糞が悪い。生理反応を催した。孔のそれぞれから酸を帯びた液が溢れ出してくる。何故ここが下水道なのか、何故、女の肉片が散らばっているのか。正しい答えは簡単なものだったが、慌てふためく彼が気付いたかどうか。
下水道を流れる汚水は、俺の胃液。狂おしくも愛を捧げた女たちを溶かし、そしてこれから、この聖域……華麗なる我が人体都市に、ずかずかと上がり込んできた毒素を葬るものだ。
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