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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『ホットスポット・インターフェイス』

[解題]
『ホットスポット・スカーフェイス』の続篇。設定用語集をひっくり返した結果、その多様性におぼれてしまった。結果、この後の続篇は生まれていない。
にしてもこの手の懐古主義SFは魅力的なのだが、幅がきかないな。羽振りよく出せば出すほど息苦しくなっていくだけだ。



 銭歌留多は旧い給与で、今ではもっぱら腰骨に装着した私財蓄電器《萬歩》に回路を繋いで充填される、電子真似として受け取っている。
 時代は変遷を繰り返す。嘗ては伽珠――キャッシュと云われていた私財の呼び名も、紙幣やら硬貨の形でなくなって画面上の数字と化してからは、現ナマとしての意義を失い、概念により近い真似という名称が定着しつつある。古式を受け継いでいた役場の賃金体制、銭歌留多の発行も追いやられ、前述の形と相成った。
 さて今般、故郷全土に毒素虫をばらまいた昆虫園から御悔やみが届いた。郵送された用紙には世帯全員の名前と誕生月、誕生日、年齢、身ごもっているか否か、などの欄が設けられ、下部には御悔やみを引き入れる《萬歩》の公示番号を記す。
 概ね二週間程度で《萬歩》に昆虫園から発せられた電気分、数値は上昇しているはずである。

 手前には倅が二人いるが、どちらとも妻の実家に帰っている。おまけに毒素虫の脱走前夜、酔いに乗じて妻を愛しすぎたお陰で、三人目が腹に宿っている。そいつの分は貰えぬが、身ごもった妻とを合わせれば、百八十万アンペアは下らない。届いたらそっくりそのまま妻の《萬歩》に送電する心算なので、終いには手前の腹の足しにもならない。せいぜい手前の分の、八万なにがしかが残るだけだ。それも単身赴任の食費に消える。
 おまけに給与の電子真似は大半が妻の《萬歩》からの自動引き落としに遭っており、困っている。

 職務で取り扱っている公営団体の互助金から、小遣いをくすねようと算段したこともあった。富籤で一発あてようと思ったこともあった。然し、何もかもは妄想で愉しむに限る。抱えきれぬほどの電力を伴えば、飯はたらふく食えるし、女も飽きるほど抱ける。抱いた女が、齢十六、七の生娘で、条例違反で逮捕され、目を三角にして怒髪天を曝したあとに蹲る妻、そんな妻を見て育つ倅たち。まるで面目ない。
 手前、夢が故、妄想であるが故、そう唱えながら、回路を電脳機器《素股本》に繋いで、酔い痴れる愛欲の日々。

 職務は机から伸びる回路で、働くだけに必要な電力は供給されるから無理はない。然し、活発に何かを出来るほどの糧はない。《萬歩》に貯めた小遣いの電力は尽きた。
 だからもっぱら《素股本》の残留電力で僅かながら生き永らえている祝休日。さながら維持装置に繋がれた病床の折。
 電脳女中のビジネス愛撫に触れ、吾れ、復興を願うばかり。
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