月が煌煌と照る。
松明灯る神殿の中。
土が盛られたその上で、風のように現れた〈黒い影〉が、土を練りながら呪文を唱える。土は人型に形作られて、命を吹き込まれる。
生まれたゴーレムは目を開けて、〈知識の種〉を飲まされる。
幾千の時を越え、ありとあらゆる知識が蓄えられたゴーレムを、〈黒い影〉が歓迎し、右手を差し出す。
「“魔術”によって私が君を生んだ。我らの世界へようこそ」
ゴーレムは〈黒い影〉を見下ろして、問うた。
「“魔術”トハナニゾ……ワタシハナニデウマレタ?」
右手を戻した〈黒い影〉が、〈魔術の種〉をゴーレムに差し出す。
「我々の“魔術”は、霊体エネルギーと言霊によるものだ。この〈種〉を飲めば、君も分かるようになる。独自に開発した〈魔術の種〉だ」
“魔術”の使えるゴーレム……〈黒い影〉の目的はそれだった。
「ワタシガ魔術師?“魔術”ヲ使エルヨウニナルノカ。土カラウマレシ、ワタシガ?」
ゴーレムは豪快に笑い出す。〈黒い影〉はたじろぎもせず、依然として見据えるまま。
「オ前ハ魔術師ダ。ダガ、ワタシハ魔術師ニハナレヌ。魔術ハオ前ラ人間ニシカナセヌ業ダ」
「人間にしかなせぬ魔術だと。そなたは《知識の種》によって、何を知ったのだ」
ゴーレムは動き出す。神殿の外へ。月光が照らす闇の中へ。
「オ前ハドノヨウニシテウマレタ? 魔術師ハ土カラウマレナイ。“呪文”モ“魔力”モナシニ細胞ト細胞ノ融合デウマレルコトノ方ガトテモ神秘的ナ“魔術”ダロウ」
一瞬、〈黒い影〉が動きを止めた。だがすぐにその口許が綻ぶ。
「なるほど、それが人間。新たな“魔術”か。ならば、その“魔術”がそなたは使えるようになるのだ。飲みたまえ」
〈黒い影〉の手から〈魔術の種〉を受け取り、ゆっくりとゴーレムは飲み込んだ。
「これでそなたは人間となった。だが、忠告して置こう。知恵は、使い方によっては身を滅ぼす危険なものだ。〈知恵の実〉にはせいぜい気をつけたまえ」
ゴーレムは逃げるように、夜に消えていく。〈黒い影〉は遠ざかるシルエットにゆっくりと語りかける。
「そなたの得た知識は、これまでの歴史の産物ではない。これからの歴史の産物だ。君は人類の未来をどう見る。君が歴史の始まりなのだよ、アダム。私は魔術師などではない。私は神だ。幸運を祈る。……人間の父よ」
〈黒い影〉は再び土を盛り始める。歴史の礎の片割れとなるであろう、アダムの伴侶をつくるため。
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