手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『綺羅』

[解題]
《短編》にも投稿したが、投票は2件だった。これでも予想より多い。後に、なるほどなと思う書き込みがあった。
「猫を殺す物語」はすでにクリシェになり下がってしまっているのではないか? ということに尽きる。
猫の殺害がエスカレートする殺戮の端緒になったり、やり場を失った殺意のはけ口になったりする物語/言説を、僕たちはもうすでに(例の酒鬼薔薇事件以降、特に、)数多く語り・聞かされてきたのではないだろうか。(93期『そらみみ』高橋唯さん※当時 へのでんでんさんの感想より抜粋)
本作は特に自発的な殺害ではないことを強調したかったのだけれど、客観的に見ればそうなるのだろうなと納得した。言わば、本作は化け猫話の変形でしかないのだけれど、現代においては殺戮の上でのみ成立するものなのだと再認識。妖怪も時代の変遷により、変わりつつあるのかないのか。それは恐怖の対象ではなく、副産物に過ぎないのかもしれない。悪意という名のあやかしの。
ところで、PC内のデータを開いたら、本作だけ1200字に加筆してあった。いい機会なので、そちらを掲載する。


 帰宅途中に、ちかちかと瞬く街灯が出迎える県道の交差点で野良猫を轢いた時、光が芽生えた。血糊に塗れた肢を放って、八十度曲がった首の付け根から玩具のような脊柱が飛び出していた。夜なので、見えなかった。ヘッドライトにその姿が浮かんだとき、ブレーキを踏むのを忘れた。
 ここいらで野良猫が繁殖し、事故が多発していることは知っていた。でもまさか自分が轢いてしまうとは。轢死体の猫の懐を覗けば、尚も強い燐光が芽生えた。怖ろしくなって家路に着いた。

 一週間後である。長引いた残業に疲れ、無心で車を走らせていると、眼前に何時ぞやの燐光が溢れた。場所も先日、猫を轢いたあの交差点である。一瞬、前方に伸びた二本の光線を何かが横切り、次いで何かに乗り上げる感触があった。車を降り、後方二メートルに猫を見つける。黒ぶちの仔猫。張り裂けた腹の皮膚の隙間から光芒が洩れている。

 更に一ヵ月後、また轢いた。今度は大きい。フロントガラスに映りこんだ姿は、ランドセルを背負った華奢な女子児童だった。小さな身体がボンネットで跳ね宙を旋回したとき、見開かれた円らな双眸から血の涙と、幾筋もの光の粒子が靡いているのが見えた。
 ああ、いけない。
 地に伏した亡骸を瞰しながら、彼女の首筋から流れ出る血液が、瞬く間にアスファルトを浸していくことに慄いた。捲れ上がったスカートの陰に、桃色のパンツ。小ぶりの尻も血で汚れていた。未熟な太腿は心なしか躍動していて、か細い呻き声と合わせて動く。ゆっくり首筋に触れる。途切れ途切れの断末魔と幼い肌触りの中に、今に死に絶えるであろう冷ややかさを感じた。女の子は起きなかった。持ち帰ろう、と決意したのはすぐ後だった。

 亡骸を家に運び、事切れた幼女を裸にさせると、汚れた衣服をビニル袋に仕舞った。幼女の裸体は更に瑩然とした輝きを放っていて、彼女自身もそれを悦んでいるかの如く、死に顔は居眠る乳飲み子のように安らかで、肌理が細かい質感は蝋人形はたまた飴細工。感心するほど奇妙に歪んだ身体を擦っていると、類稀なる欲情を覚え、陰毛も生え揃わぬ艶かしい股の割れ目に触れてやると、指先が濡れた。粘ついた光だ。絲を引き、爪の間に染み込んだ光を、指もろとも咥えてみる。美味しくない。けれども、美の味だった。彼女の代わりに喘ぎながら、堪えきれず閉塞感剥き出しの幼い体内に射精した。すると、飛び散った精液が彼女の平らな胸板にちょこんと乗ったBB弾ほどの大きさしかない乳首の片方に触れ、光る煙を棚引かせた。忽ち爽快になりぱっと目を開けば、恥骨と未熟な肉襞の感触も失せ、周囲は眩き光が包み、フロントガラスが目の前に現れた刹那、破壊の衝撃を受け、宙を飛び、地面に落ちたのち、じわりと全身の感覚を鈍痛が奪う。
 眼前に広がる空には綺羅とした星々。覗き込んできたのは、轢いた上に犯した幼女の愛くるしい笑みで、幼女は夜闇の中で、みゃあと鳴いた。
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