よくここさ来ててよ、あんな年頃の子が来て、何が楽しいのかと思ったがね。
始終うがいをしたまんまの声が特徴的な、店主の老人はこともなしげに語った。先月、女の子がひとり行方不明になったらしい。ここら辺界隈は、昼休みの散歩がてらうろつくぐらいだから、出来事自体、私には初耳だった。
ちょうどね、そこの、人形さべったりくっついてよ、たまに声上げて笑ったり、ほら、客だって頻繁にゃあ来んし、特段邪魔じゃねぇから、好きにさせといたんだけんじょ。
先細りに尖った店主の顎につられて店内を眺めれば、古箪笥を刳り貫いたような陳列棚に、年季の入ったがらくたが犇めき合っている。陳列作法にも則らず、納品された順に仕舞われた(そう、飾られたというより仕舞られたと呼ぶべきだろう)かのように、収まりが悪い骨董品の群れだ。灰色にくすんだ硝子戸を背にしてそれはあった。黒々とした基盤に、鼠色の波状紋様。髪の艶を表現しているのだろう。肌理やら表情やらはまるで諷刺画を模したとしか思えない少年型の西洋人形が腰掛けている。瞳だけは透き通った青で、他の作りがぞんざいな分、生気を帯びているように思えた。
昭和の三十年代に瑞西から、と店主は説明した。そんでこりゃ作り話かもしれんけんじょ、と話を添えた。
その坊主にゃ生き別れの妹がおって、祖国を離れるもっと前から離れ離れにされとった。誰が引き裂いたのかも分かんねけんじょ、その妹、今じゃ宇宙さ行っちまったって話だ。
繋がってるらしいよ、坊主と妹は。店主が重ね重ね面白そうに逸話を口説くので、つい少年の前に立ち、半開きになった空洞の口の中を覗いてしまう。悠久の時の流れが潜んでいるのか、埃の詰まった闇が蠢いたような気がした。声をかけたらその声は吸い込まれ、少年の唇から遥か遠き銀河系の片隅にいる彼の妹のところまで移動してしまう……と、そんな妄想が掻き立てられ、瞬きをした際のほんの僅かな暗闇に、星を敷いた絨毯の上で少女の人形が座す姿を浮かばせた。
束の間に気が遠くなったのが不思議と心地よく、つい売値を聞いてしまいそうになったが、ちょうど職場から着信があり、我に返って店を出た。
二週間ほど経ち、また骨董屋に出向くと、喉の癌で店主は亡くなってしまったらしく、その長女の経営に代わっていた。件の人形はまだあったが、長女はそれに纏わる話を知らないという。行方不明の少女も、まだ見つかっていない。
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