黒板に書き付けられた二次方程式を眺めていたら不意に死にたくなった。考え込むふりをして、頭を伏せた。眠気が忍び寄ってきて、気がついたら孤独になっていた。
顔を上げたとき、教室に俺以外の生徒も教師もいなくなっていた。おまけにドアが開かない。窓越しに廊下の様子は見渡せるのに、人の気配はない。校庭を覗いてみても、まるでこの世から俺以外の人間が消えてしまったようで、動くものは植樹の葉。
しばらく孤独を満喫していると、なんだかそれ自体が虚しいことだと気がついて、死ぬなんて考えなければよかったと悔やんだ。少しだけ潤んだ視界の片隅、黒板に文字が浮かび上がるのを見つけた。
〝誰かいますか いたら、返事してください〟
妙に面白くなって、いるよ、とその傍らにチョークで書き込む。すると他にも、〝誰?〟、〝お前こそ誰だよ〟と幾つもの書き込みが現れる。何人いるのかは分からない。参加するより諦観している方が楽しそうだなと思って、座席に戻る。
〝何が起こったんだろう〟〝君もひとり?〟〝あのう……〟〝悪い夢だ〟〝あんた、どこの人?〟〝名前は〟〝夢にしてはリアルじゃね?〟〝私……〟〝教室から出る方法、なんかない?〟〝教えるか〟〝ググれ〟〝wwwwww〟〝死にたいんです……〟〝なにいきなり〟〝自殺願望ktkr〟〝まああれだ んなこといわれてもwww〟〝みなさんは違うんですか……?〟〝一緒にすんなよ〟〝私は生きたい、かな〟〝道連れはご遠慮ください〟〝死んだら戻れるんじゃね〟〝てことはここで死んでも死んだことにはならないと〟〝フォロー乙〟〝何があったか知らないけど、早まった真似はよくないよ〟〝でも、生きてても楽しくない……〟〝楽しいの定義は〟〝茶々いれやめな〟〝めんどくせ〟〝別に死にたきゃ〟〝氏ね〟〝最低〟〝裂いてー〟〝横レスだが、本人の好きなとおりにさせればいいと思うマジで〟〝ねえ、自殺願望ちゃん、書き込みないようだけど〟〝しんだな〟〝ごしゅーしょーさまでした〟〝どうなったか知りたい〟〝元の世界に戻ったのかな〟〝おーい〟
書き込みが途絶えた直後、意識が吸い込まれる気がして、俺は目を覚ました。整然とする教室。クラスメイトの背中。教師の教鞭。黒板には二次方程式。夢か。
そのとき、隣の席から何かが飛んできた。それは血だ。
隣の女子がカッターナイフで手首を切った。
クラスメイト数人が、その光景に一際愕然としている。
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