手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『糜猿たち』

[解題]
これも気に入っている作品である。怪奇(ビザール)という単語を覚えたのはもちろん井上雅彦伯爵の発言からなのだが、発展性の在るシンボルとしてうまく思いつけた気がする。
猿というキャラクターは『不機嫌なモノリス』でも扱っているのだが、やはり元を辿れば筒井康隆『母子像』のシンバル猿に行き着くだろう。しかし本作の源泉は、キャラクターといい問答といい、河野典生『ルーツ』の模倣に過ぎない。数あるショートショートの中でも傑作中の傑作だ。




「人間にとって、想像とはなにかね」
 知らないね。
 知らないとは何事だ、と彼は怒鳴る。歯を剥き出しにして威嚇する。歯軋りと唾の咀嚼はリズミカルに。とても耳障りだ。
「空想とは、妄想とは、奇想、仮想、幻想、とはなにかね」
 知らないね。
「紳士を気取るのが美徳か」
 野太く雄叫びを上げるのが美徳なのかい。
 莫迦莫迦しい、と彼は胸やら耳の裏を掻き毟る。
「死が怖いか」
 怖くないね。
「しかし、来るのだろう。死は。お前も、死んだら堂々としていられまい」
 死よりも蘇生を怖がるのだよ、人は。死は終わりだ。けれど死んだ人間が蘇ると慄く。
「それは摂理に反するから怖がるのだ。蘇生そのものが怖いわけではあるまい」
 そうともいえるね。実際起こりえないから怖い。
「お前は、わたしが怖ろしくないのか」
 ちっとも。
「こうして言葉を交わしているのも、今にも首をかき切られそうになっているのも、恐怖を感じないというのか」
 恐怖じゃないんだ。どちらかというと怪奇、だからね。
「今わたしが爪をお前の首に食い込ませたら、お前は死ぬのだぞ。死の恐怖は、どこに行った」
 君に殺されることなんて怖くない。ちっとも。
「終わりを迎えたら、お前はどこへ行く」
 何もなくなるだろうね。君の頭のなかだけの存在になる。
「猿と人間はどう違う」
 さあ。
「猿は、死を怖がる。恐怖を感じるのだ」
 それはかわいそうだ。じゃあ君も、怖いのだね。
「……いや、」
 じゃあその恐怖を取り除いてあげよう。


 糜猿【びざる】
 霊長目真猿亜目狭鼻下目ヒト上科ヒト科ビザル亜科ビザル属
(Primates-Simiiformes-Catarrhini-Hominoidea-Hominidae-Bizzarrenie-Bizzarre)
 ヒト亜科とチンパンジー亜科の中間に位置する、脳の非常に発達した大型類人猿の総称。頭胴長一~二メートル、足に比べ腕が長い。五感を統括する機微中枢を持ち、人間でいう共感覚のように、五感のすべてを同時にひとつの感覚として感じ取る。特に恐怖に対して敏感。人語を話す。ただし……


 彼の手から力が抜ける。黒い図体は矮小化し、やがて不可視となる。足許にシンバルを失った猿の玩具が転がっている。
「死を怖がりすぎなんだよ、君は。……僕は、怖くない」


 糜猿【びざる】
 ただし、実在しない。
 人間の想像によって生み出されるものである。人間の想像は、感情や意識を反映する――。
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