物語のルミナリエ
苦難の時期に作家ができることは?
「物語」を贈ることである。
小さな物語の光を集めて、人々に元気を与える。そんなコンセプトを立てて原稿を集めた。かけがえのない者たちの、かけがえのない物語たちは、これからも、語り継がれることになるだろう。そして、遺された私たちも、また「物語」なのだ。かけがえのない「物語」に励まされ、燦めき、ともに、未来に向けて、 語り続けていく「物語」。
物語よ、永遠なれ……。
(感謝の辞。あとがきにかえて より)
-読解序文-
異形コレクション 物語のルミナリエを購入。序文と今巻には特別に後書が添えられているので、そちらをまず読む。 俺は井上雅彦氏を愛してやまない。作品が好きだとか、憧れだとかいう話ではなく(無論それもある)、その佇みと姿勢に因む。作家のなかで最も尊敬に値するのは伯爵……だと思っている。
更には異形コレクション、俺の読書暦において最も影響力のあるシリーズ。思いいれは今さら語るべくもない。自身が被災者となり、読者としてしか今巻に相対すことができないのが無念の極み、そんな俺に出来ることといえば『物語のルミナリエ』に込められた祈りを受け止める以外に何があろうか。
読書の醍醐味は読むこと、思うこと、そして語ることだと考えている。読書人の務めとまでは言わないが、それでこそ読者の思いは伝わろうというもの。この数日は語りきることに費やそう。震災により、作者となる夢を一度潰された者にとっては修練の一部でもある。震災以後、俺は何も書けていない。
物議を醸しそうな寄付金募集の件、あれは編者の協賛者として寄付したまで。これからはいち読者として、そしていち創作者として、ひかりを灯そう。全78篇に言葉を添える。俺の言葉。憂鬱の森のなかで人知れず輝きの粉をふりまく灯明。140字以下の呟き。
【収録作品】
猫 平谷美樹 著 |
幽霊に関する一考察 飛鳥部勝則 著 |
オレオレ 草上仁 著 |
すりみちゃん 梶尾真治 著 |
ハドスン夫人の内幕 北原尚彦 著 |
しゃべる花 高橋由太 著 |
キリエ 太田忠司 著 |
ひとりで大丈夫? 蒼井上鷹 著 |
冬のアブラゼミ 安土萌 著 |
青い空 眉村卓 著 |
夏が終わる星 浅暮三文 著 |
鋳像 タタツシンイチ 著 |
ゆらぎ 傳田光洋 著 |
再生 たなかなつみ 著 |
崩壊 堀晃 著 |
AIR 瀬名秀明 著 |
庭に植える木 かんべむさし 著 |
密度 斎藤肇 著 |
地下洞 植草昌実 著 |
ぼくの時間、きみの時間 八杉将司 著 |
僕の遺構と彼女のご意向 木立嶺 著 |
惑星ニッポン 岡崎弘明 著 |
空を見上げよ 小中千昭 著 |
トリッパー 輝鷹あち 著 |
まごころを君に 田中啓文 著 |
間抜け 井上剛 著 |
江戸珍鬼草子〈削りカス〉 菊地秀行 著 |
…ツキ 白河久明 著 |
⇒ twitter発、140字のルミナリエ:Part2
天国 北野勇作 著 |
クレイジー・ア・ゴーゴー 飴村行 著 |
少女遠征 黒史郎 著 |
前奏曲 石神茉莉 著 |
飛びつき鬼 岡田秀文 著 |
父帰ル 奥田哲也 著 |
俺たちに明日はないかもね-でも生きるけど- 牧野修 著 |
桜 田丸雅智 著 |
そ、そら、そらそら、兎のダンス 皆川博子 著 |
蛇平高原行きのロープウェイ 間瀬純子 著 |
銀のプレート 藤井俊 著 |
星を逃げる 宮田真司 著 |
窓 堀敏実 著 |
時計は祝う 松本楽志 著 |
一夜酒 江坂遊 著 |
機織桜 黒木あるじ 著 |
約束 森山東 著 |
空襲 深田亨 著 |
灯籠釣り 加門七海 著 |
螢硝子 速瀬れい 著 |
墓屋 篠田真由美 著 |
一年後、砂浜にて 倉阪鬼一郎 著 |
一つの月 タカスギシンタロ 著 |
忘れ盆・忘れな盆 小田ゆかり 著 |
望ちゃんの写らぬかげ 朱雀門出 著 |
その橋の袂で 矢崎存美 著 |
キス 峯岸可弥 著 |
おちゃめ 藤田雅矢 著 |
いつもの言葉をもう一度 井上雅彦 著 |
⇒ twitter発、140字のルミナリエ:Part3
1001の光の物語 西秋生 著 |
異文字 真藤順丈 著 |
アンタナナリボの金曜市 入江敦彦 著 |
塔をえらんだ男と橋をえらんだ男と港をえらんだ男 西崎憲 著 |
楽園 立原透耶 著 |
石繭 上田早夕里 著 |
神様の作り方 坂木司 著 |
物語を継ぐもの 芦辺拓 著 |
小説の神様 中原涼 著 |
灰色の道 赤井都 著 |
女か虎か 高井信 著 |
おかえり 田中哲弥 著 |
下魚 雀野日名子 著 |
嫁入り人形 岡部えつ 著 |
どこか遠くへ 山口タオ 著 |
うきつ 星野幸雄 著 |
筆置くも夢のうちなるしるしかな 朝松健 著 |
妖精の止まり木 片理誠 著 |
林檎 新井素子 著 |
最後の挨拶 早見裕司 著 |
闇の中から生まれるもの達 三川祐 著 |
『猫』平谷美樹:
「猫が筐から出ると、世界は滅んでいた。」から始まるとても短い物語。荒野で二匹の猫が出会うところから本書は始まる。以後、如何なる物語を読み耽ろうともこの猫たちがいる(いた)ことを忘れてはいけない。あの日に邂逅した者と並んで歩いていることを、忘れてはいけない。
『幽霊に関する一考察』飛鳥部勝則:
25巻『獣人』では白い猫を介し幽霊を説いた作者。本作の灰猫は『白い猫』とは異なるGGのようだ。ようだ、というのは空想癖にも近い創作者としての視点で語られるからであり、それが真実とは限らないため。生者側の道理に思えるが、人間らしい慈愛が籠っている。
【追記】
GG=ジェントルゴーストの略。
『オレオレ』草上仁:
題から分かるとおりオレオレ詐欺をfeat.したSS。二十年ぶりに祖国に戻ってきた男が、思いつく番号に電話をかけていく。小気味よいフックもさることながら重層的な時代と生活をコンパクトにまとめる技巧、オチの切れ味も流石の一言で、斬新ではないが素直な読後感に笑む。
『すりみちゃん』梶尾真治:
小松左京『まめつま』を連想しながらもカジシンの描くスモールピープルは実に穏やか。約束が人を救うというと津原泰水『約束』とも重なる。あまりに出来すぎた孫の回答こそ、救済の結果なのか、妄想(フィクション)の勝鬨なのか。どちらにしろ普遍的なファンタジー。
『ハドスン夫人の内幕』北原尚彦:
前回と同様にSHのパスティーシュでありながら、震災関連の話題で盛り立てた。SHには馴染みがないので深く語りようがないものの、パスティーシュである必要性はないに等しい。しかし、滲み出てくる善意には抗えぬ説得力がある。足元を見よ、と言われているようだ。
【追記】
SH=言わずと知れたシャーロックホームズの略。
『しゃべる花』高橋由太:
世界は“言葉”と”対話”に満ちている。本作における”言葉”とは、語りと騙りの道具である。ところが、”対話”に”言葉”を要しないこともある。あるいは、”対話”にならない”言葉”もある。人間は”対話”を求めて”言葉”を操るが、発せずとも思いは伝わるという。
『キリエ』太田忠司:
スリップならぬスキップの物語。過去と現在は密接に繋がっている。隔ててしまうのは忘却だ。記憶という存在にとって忘却は死より果てしない。過去という重しから切り離された現在という時間さえ、意義をなくしてしまうだろう。いま感じ得るものの確かさを忘れないことが肝心。
『ひとりで大丈夫?』蒼井上鷹:
リアルな災害直後の様子を描きながら、語り手と取り巻く人々の間にある距離感に疑いをもちつつ、もしや被害者視点で描かれた収束後の物語かと思えば、くだんのパパの登場に唖然。悪意でも、悔恨でもないものの、もはや愛でもない不思議。けれどそれがリアルな親子関係?
『冬のアブラゼミ』安土萌:
冬には珍しい蝉が現れるという怪異。温暖化の影響なども仄めかされ、そういうこともあるのかと納得してしまったが最後、綺麗に足を掬われる。現象の論理にあやふやさがあり読み返すとアンフェアにも思うが、ひと夏の幻影が去ると同時に消えてしまう生命力の対比が胸を打つ。
『青い空』眉村卓:
主観世界の終末、あるいは総体的な世界の一人称。自分が何者かという命題は空は何故青いかという問に同じく、認識論の地平での話ともなる。外部と自意識の同化は珍しい題材ではないが、文明と称する客観視が挿入されることで、社会は人が成すものという気付きが含まれている。
『夏が終わる星』浅暮三文:
役に似合わぬほどにリリカルなアプローチ。ここでは生命力は恋に置き換えられている。恋とは心理的な生殖であり、本能と知性、相反する意味を持つ詩語だ。自然主義に位置する星が反自然に属す恋に追いやられる。星が直視せずとも、歪んだ系譜は語り継がれていくのだろう。
『鋳像』タタツシンイチ:
災厄はすべてを無に帰す。しかし残らないものがない訳ではない。原爆の光が抱き合うカップルの影を外壁に焼き付けたように、火山灰の層のなかにもシルエットは出来る。災厄の悲惨さを物語るのは容易いが敢えてそこに希望を見てしまうのは、影も残らぬ恐怖がそばにあるからだ。
『ゆらぎ』傳田光洋:
コンピュータ制御は世を安定化する技法なのか。ただ懐中に忍ばせ、気付かなくするだけではないか。むしろゆらぎは過剰に抑圧され、臨界点を超えた頃に脅威となる。変動は抑えるのではなく、乗りこなすことが肝要。アナログ技術と荒波に飛び込む純真な冒険心が地平を切り開くのだ。
『再生』たなかなつみ:
人類はおろか生命誕生が奇跡の結果だとすれば、奇跡とは健気な少女の遊戯にも近い。コズミックな視点からその場面を切り取った本作。神懸りの力を持たぬ人間は息を呑んでその一歩を待つしかないが、きっと少女はこちらが踏みしめる大地の上でなければ遊んではくれないのだろう。
『崩壊』堀晃:
マクロからミクロに縮小される崩壊の光景。宇宙規模の災厄と近場の災害、どちらに強烈なショックを抱くか。リアルは後者にある。だからこそ希望を得る余地がある。崩壊が終結ではなく再生のためのプロセスであり、再興の引き金だとすれば、我々が住む都市はまだまだ捨てたもんじゃない。
『AIR』瀬名秀明:
交錯し共鳴するは、大地を踏みしめ空に挑む二者の視点。仙台を拠点にする作者なりに真っ当に臨んだヴィジョン、劇的な虚無を受け入れ、徹頭徹尾、希望が彷徨する様を描ききった。彷徨と呼ぶからには成就は容易でないが、干渉し合うエールが形の無い未来の輪郭を縁取ってくれる。
『庭に植える木』かんべむさし:
思念が作用する世界についての問答に、唐突に踏み入ってくる人物については語るべくも無いだろう。今を生き、別れに立ち会った者がすべきは弔いだが、同時に故人の偉大さを再認識するときだ。先人からの影響が継承されて今がある。駄洒落に笑みつつ、巨人を見送ろう。
『密度』斎藤肇:
数多あるタイムマシン小説の根源ではないか。時間を行き来する技術が発展しようが、受容する器が整っていなければ無謀な流離に過ぎない。 懐かしさを感じさせる模型飛行機型といい、嘗てSFが夢と浪漫の伝道者だった頃にリジュームさせられる。今こそ理解と挑戦の親密度を養うときだ。
『地下洞』植草昌実:
道に迷った人々は皆、自然と教会に集ってくる……のかどうかは分からないが、本作で描かれる未曾有の大災害〈時間の液状化〉の被災者たちも教会の地下に潜んでいた。取り巻く学者たちは、直接被災していない者たちのノームとなるかもしれない。信心に因むのは安易かもしれないが。
『ぼくの時間、きみの時間』八杉将司:
人それぞれの時間感覚が主観時間として数値化される。値だけ拾えばパラドックスロマンスのように切なさを生むものの、そも主観時間という概念が潜在的なものなのか疑わしい。待ち遠しい我が子の誕生に起因しているとすれば、STの値は期待値の累乗根とも取れる。
『僕の遺構と彼女のご意向』木立嶺:
鉄道マニアの美少女と振り回される遺構マニアの主人公。フルスロットルの掛け合いがうねりを繰り返し、やがて同位置に着地する様は二本の轍のよう。聊か乱暴な乗り心地は好むものなら満喫できるだろう。ライトノベルのイコンで紡がれた、僕の遺構と彼女のご意向。
『惑星ニッポン』岡崎弘明:
惑星ニッポンの居住区域は畳敷き(笑)霊界空間を使うことで各国が自由にテラフォーミングすることが可能になった時代。惑星との衝突で破壊された地球の残骸のなかにあるものを見つけた。日本、否、ニッポンが誇るべきSSの傑作。遺された巨岩の誉れは日本人の誇りである。
『空を見上げよ』小中千昭:
ネットを駆る情報は如何物な存在なのか。しかし人は期待をもって信憑する。誰かが煽っては悪用するだろう、時に現実が裏切るだろう。では真贋で選り分ければ済む話なのか。否、情報は空気ではない、営みから出ずるもの。荒唐無稽であれ、大衆伝達は願いを情報に還すべきだ。
『トリッパー』輝鷹あち:
未来へメッセージを発信することができる装置《トリッパー》。装置が社会に順応していくエピソードが断章的に描かれる。登場する少年の発想と併せて目から鱗の着想。ラストのメッセージは何処から来たのか。未来は必ずそこにあり、現在の数歩先を歩いているのだ、間違いなく。
『まごころを君に』田中啓文:
編者解説にもあるとおり、題を見てエヴァよりダニエル・キイスを思い出す御仁へのギフト。原典の本筋を踏襲しつつ、天才の苦悩は露ほども描かれずにむしろ周囲が“彼らしさ”の亡失に憂いているところなど、人情味が強まった印象。オチも抜群だが、にしても塩鯖って(笑)
『間抜け』井上剛:
『密度』と『まごころを君に』の間を飄々とすり抜けて行くようなタイムマシンと天才の話。身勝手だが犀利な論理を積んで未来へと旅立つ彼を、誰も引き止めることはできない。紙一重の天才と間抜けは、こちらが鈍才かどうか測る物差しだ。一笑の裏に羨望あって、距離感は縮まらない。
『削りカス』菊地秀行:
橋本町に住み、小伝馬町で没した“うちげん“という人物。彼の生年(1728年)がラストで示されるあの出来事(1703年)以後であることもあり、明確な因果はないはずだ。しかし、空想が時間を駆けたように、本作もまた時代を跨いで、戯作からSSへと生まれ変わったのだ。
『……つき』白河久明:
前回の筆頭を飾った作者の作品は、いま思えば真の意味で悪魔的なオチへと至る“営業マンもの”だった。本作の悪魔由来の狂騒も独創性が溢れるという意味での斬新とは言えないが、単純な“思いつき”が持ちうる瑞々しさがある。それが定型的なSSの醍醐味ともいえるだろう。
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