わたしには分かる―――。夢に出てくるあの人はわたしの運命の人。必然に巡り逢い、たちまち惹かれ合う、最高のパートナー。
「またいる……」
アパートの部屋の窓の細く開いたカーテンの陰から、アパートの前のバス停を見るといつも同じ女が立っていることに雅之は気付いた。女の顔はよく見えない。だが、確実に知り合いではない。
次の日も女はいる。その次の日も。一ヵ月は続いている。
警察に相談するのも気が引けたし、女が細身であることにも乗じて、いっそ問詰めた方が手っ取り早いと考えた。束の間、眼下にいる女は歩き出し、アパートに近付いてくる。
女は視界から消え、足音が階段を上がる。
立ちすくんで動けない雅之の目の前、扉の向こうで足音は止まり、扉が叩かれた。
女だ。
「いるんでしょ。分かってるの」
女が扉に向かって、いや、その向こうの雅之に向かって語りかけてきた。
「聞いて欲しいの。貴方とわたしは運命で繋がってる。わたしは貴方を待ってた。出会う運命だったのよ。何度も夢に見たの。貴方も気付いているんでしょ」
最悪だ。雅之は気味が悪くなった。話には聞くが、実際にこんな女がいるなんて。
「貴方も、見てたじゃない。ずっと窓からわたしのこと」
雅之の背筋に戦慄が走る。扉の向こうから女の声が消えた。シュインと風の音が顔の横をよぎり、消えた声の代わりに耳元で女の囁きが聞こえた。
「やっと出会えた……」
振り向くとそこには、卑しく笑んだ女の顔。雅之が仄かに沈丁花の香りを感じると、女の薄い唇が雅之の唇を奪い、強引に入ってくる滑った舌が、雅之の息を詰まらせ―――。
画面が反転した。
だらしなく口を開けて眠っていて、汗が口に入ったらしい。塩辛い。汗だくで飛び起きた雅之は悪夢と口内の汗の味で気分が悪くなった。
辺りを見回すと、まだ夜中だ。ダブルベッドの傍らには愛する妻が眠っている。
独身の頃の夢を見るほど、結婚生活に悩みはない。ましてや夢の中の女……よくは覚えていないが……妻にそっくりじゃないか。むしろ悪夢で良かったと思う。雅之は妻の顔を向けると、現実の幸せを味わうように接吻をした。
妻が目覚め、柔らかく笑む。
「貴方、幸せ?」
「ああ、幸せだ」
二人は愛のままに抱擁と接吻を繰り返す。迸る微熱に二人が果てた頃、ベッドの中に沈丁花の香りが立ち込むと、そこに雅之はいなくなった。
何処かで今日も、恋する女が夢から醒める―――。
PR