ぼくが生まれた村では、風神病という病が流行している。北風に乗っかって何処からともなく現れる悪魔が、体内に入り込み、すっかり棲みつくと罹るらしい。この村唯一の医者である孟六爺さんの元に来る患者は皆、狭苦しい個室に閉じ込められ、何人も近寄ってはならぬ、悪魔の誘いに乗って近付いたら最後、病が伝染してしまうと爺さんが言うので、誰も近付かない。
夜ともなると、病棟から患者の呻き声が漏れてきて、一層風神病に対する村民の恐怖は増幅する。村には治せる薬もないので、若い男二人が数日前に山を下り、下界の別の村まで薬を探しに行ったところだ。村を出たのが二週間前だから、早ければそろそろ戻ってくる頃だろう。悪魔信仰を信じてやまない孟六爺さんは、薬では治せないと豪語するけど、村民は頑なに薬の力を信じてる。この世の病に薬で治せない病はない。しかし、薬を作る技術がこの村にはなく、買うとしても麓まで行く方法しかない。更に単価も高いとくれば、一般村民には手が出せないのが現状だ。
とある夜。ひとりの患者の容態が悪くなり、松明を掲げて病棟を囲んだ村民の前で、孟六爺さんはその死を報告した。泣き崩れる父母。憤りを露にする男勢。そんな訳で、ぼくは死んだ。短い人生だったけど、それはそれで楽しかった。やり残したこともあるし、大人になってみたかったとも思うけど、孟六爺さんの言うとおりなら仕方がないと思った。本当に悪魔のせいであるなら。地獄の業火で焼かれるほどの熱、胸から込み上げる嘔吐き。何を食べても受け付けない吐き気。後にそれがヴィールスという菌によるものだと知るけど、もっとも苦痛に悪魔信仰も病原菌も関係ない。
薬を探しに行った二人が戻ったのはぼくが死んでから三日後のことだった。彼らは幾許かの錠剤の薬と檸檬の苗木を持ち帰ってきた。薬を飲ませた患者は忽ち快復し、風神病は一時根絶した。悪魔は檸檬を嫌うらしいのだ。
村民は檸檬を敷地に植え、年中暇なくすっぱい顔をさせて貪り食っている。腹痛で孟六爺さんの元に駆込む村民の数は風神病の時より増え、ごろごろと腹が鳴るその病を爺さんは雷神病と名付けた。その頃ぼくは異国で風邪という名の病を知り、食べすぎはよくない、悪魔のせいなんかじゃない、故郷の皆にそう伝えてあげるべきだったが、術がないしそのつもりもなかった。
たとえぼくの死が無駄なものであっても、それがこの村のあり方だと思うから。
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