手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。
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唯一の書き下ろしである『微笑面・改』の予想を上回る改 変には驚き。実際収録作は傑作ばかりだけど【綺譚集】のくどいまでの怪奇幻想趣味を愛していると塩味や油分が足りない気もする。とはいえ【綺譚集】を読ん で頭にドスンと来たものが、本書を読んで心にズドンと来るものと似ているようで、これもまた妙味と呼ぶべきか。前者が実験的コンセプトアルバムだとすれ ば、本書はB面ベストという感覚。《追記》逆か。前者がA面ベストで、本書が前衛的コンセプトアルバムなのかも。とりあえず名盤の双極であることは相違な い。薦めやすいのはこちら。
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5 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 津原泰水は罠師である。またしてもその罠にひっかかってしまった。,
レビュー対象商品: 11 eleven (単行本)
綺譚集フリークの身としてはこれが最高傑作と謳われるのをよしとしたくないんだけれども、個々の作品の出来はこちらの方が断然上。
言わば荒削りな中に毒性にも似た熱量が文脈から零れていた『綺譚集』と違い、精巧であり緻密な造花を思わせる『11 eleven』のそれはとても冷ややかで、零れ落ちる寸前に凝固しこちらを睨んでいるかのよう。 だからこそ『綺譚集』は一編一編から洩れた熱量が、一冊から放たれるアトモスフィアへと至り、類稀なる短篇集としての風格へと転じていたわけだが、 一方の『11 eleven』は暴力的な威風を感じさせることなくただ頑丈な砦としてそこにある。半ばスタイリッシュとも思しきその佇みを信頼し、門を潜ってみると、天 井にも壁にも抜け穴ひとつきりなく息詰まる空間に情念が渦巻いているのを見る。逃げようかと案ずる暇もなく、壁の冷たさに肝を震わしながら奥へ奥へと進む しかないのだ。 さながら……、 極彩色と至上の甘みで惹きこむラフレシアの如き、血塗られた『綺譚集』。 灰色の砂地に身を潜め、疑似餌を揺らめかしながら獲物を待つ深海魚の如き、静謐なる『11 eleven』。 いずれにせよ、津原泰水は一流の罠師である。その罠に嵌れば苦痛である。苦悶である。 だがその罠から解き放たれたときの、虚しさといったらない。 そうしてまた新たな罠が捕えてくれるのをひたすら待つのだ。罠の感触を幾度も味わい、反芻しながら。 |
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"先入観なしに……"と登場人物に語らせておきながら、 こちらの先入観を利用して、哀しく血腥い悲劇の物語をこんなにも爽やかに可笑しく描いてみせる。詩の才と識を持つ少年に与えられた不条理を挫傷的に織り込 みながら屍体の謎を追うと見せかけ、事件の裏に隠された"大きな親切"と法の駆け引きへと変じていく。やがて空だった棺を開くと、積み上げられた歴史の隙 間に輝く若き天才たちの青春と出逢えた。―――まことに、まことに、開かせていただき光栄です。少年の安らかな死に顔と、手錠、ナイフ、ペン……入り乱れ る紅い表紙を。
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5つ星のうち 4.0
さながらZanies(道化役者)のよう。
, 解剖教室を舞台に、突如現れた四肢を失った屍体と、顔を潰された屍体。
目の当たりにした教室の主・ダニエルと五人の愛弟子は、治安判事からの依頼に併せ身の潔白を証明するために謎を追う。 一方、屋根裏部屋で見つけた<十五世紀の詩篇>と自身の創作詩を持ち、ロンドンを訪れた少年・ネイサン。目的は書物を出版・販売しているティンダル書店へ持ち込むことだった。書店を訪れて間もなく、準男爵令嬢エレイン・ラフヘッドと知り合った彼は一目恋に堕ち……。 * 冒頭から時系列を飛び跳ね、描かれるそれぞれの思惑。事件の様相、時代の潮流こそ、血腥い悲劇の連続でありながら、一貫してユーモアが織り込まれた前半はやけに読みやすい。 冒頭現れた屍体の正体、事件のトリックは早々に解き明かされていくが、次第にその背後にある二重三重の策略が捜査を撹乱させていく。その中心にあったのは、才能と、それを餌食にしようとする者への抗いだった。 内臓から削ぎ落とされた邪魔な脂肪は、犬のバケツに入る。 肉付けされた一連の事件もまた、解剖され、削ぎ落とされた悪しき策略と"大きな親切"は、空の棺のなかの空虚となる。犬の糧どころか、残された人の悔いとなって残る。 これほどまでに悲劇的な物語でありながら、空虚とやらは爽やかで可笑しみもあり、事件以前より遥かに目映い。 なんなのだこの物語は。……ひどく哀しく、ひどく滑稽。まさに道化だ。 そして、それらを描ききった後、最後のおもてなしと言わんばかりに特別付録とやらを載せ、アルファベットの最後の文字とともに退場していく。この手口。 まさに、作者こそ非凡な道化役者のようだ。 まるでタイトルそのものが前後の口上であるかのように。 |
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