物語のルミナリエ
喪われた絆のために。
やがて睡りゆく、物語のために。
苦難の時期に作家ができることは?
「物語」を贈ることである。
小さな物語の光を集めて、人々に元気を与える。そんなコンセプトを立てて原稿を集めた。かけがえのない者たちの、かけがえのない物語たちは、これからも、語り継がれることになるだろう。そして、遺された私たちも、また「物語」なのだ。かけがえのない「物語」に励まされ、燦めき、ともに、未来に向けて、 語り続けていく「物語」。
物語よ、永遠なれ……。
(感謝の辞。あとがきにかえて より)
【収録作品】
⇒ twitter発、140字のルミナリエ:Part1
猫 平谷美樹 著 |
幽霊に関する一考察 飛鳥部勝則 著 |
オレオレ 草上仁 著 |
すりみちゃん 梶尾真治 著 |
ハドスン夫人の内幕 北原尚彦 著 |
しゃべる花 高橋由太 著 |
キリエ 太田忠司 著 |
ひとりで大丈夫? 蒼井上鷹 著 |
冬のアブラゼミ 安土萌 著 |
青い空 眉村卓 著 |
夏が終わる星 浅暮三文 著 |
鋳像 タタツシンイチ 著 |
ゆらぎ 傳田光洋 著 |
再生 たなかなつみ 著 |
崩壊 堀晃 著 |
AIR 瀬名秀明 著 |
庭に植える木 かんべむさし 著 |
密度 斎藤肇 著 |
地下洞 植草昌実 著 |
ぼくの時間、きみの時間 八杉将司 著 |
僕の遺構と彼女のご意向 木立嶺 著 |
惑星ニッポン 岡崎弘明 著 |
空を見上げよ 小中千昭 著 |
トリッパー 輝鷹あち 著 |
まごころを君に 田中啓文 著 |
間抜け 井上剛 著 |
江戸珍鬼草子〈削りカス〉 菊地秀行 著 |
…ツキ 白河久明 著 |
⇒ twitter発、140字のルミナリエ:Part2
天国 北野勇作 著 |
クレイジー・ア・ゴーゴー 飴村行 著 |
少女遠征 黒史郎 著 |
前奏曲 石神茉莉 著 |
飛びつき鬼 岡田秀文 著 |
父帰ル 奥田哲也 著 |
俺たちに明日はないかもね-でも生きるけど- 牧野修 著 |
桜 田丸雅智 著 |
そ、そら、そらそら、兎のダンス 皆川博子 著 |
蛇平高原行きのロープウェイ 間瀬純子 著 |
銀のプレート 藤井俊 著 |
星を逃げる 宮田真司 著 |
窓 堀敏実 著 |
時計は祝う 松本楽志 著 |
一夜酒 江坂遊 著 |
機織桜 黒木あるじ 著 |
約束 森山東 著 |
空襲 深田亨 著 |
灯籠釣り 加門七海 著 |
螢硝子 速瀬れい 著 |
墓屋 篠田真由美 著 |
一年後、砂浜にて 倉阪鬼一郎 著 |
一つの月 タカスギシンタロ 著 |
忘れ盆・忘れな盆 小田ゆかり 著 |
望ちゃんの写らぬかげ 朱雀門出 著 |
その橋の袂で 矢崎存美 著 |
キス 峯岸可弥 著 |
おちゃめ 藤田雅矢 著 |
いつもの言葉をもう一度 井上雅彦 著 |
1001の光の物語 西秋生 著 |
異文字 真藤順丈 著 |
アンタナナリボの金曜市 入江敦彦 著 |
塔をえらんだ男と橋をえらんだ男と港をえらんだ男 西崎憲 著 |
楽園 立原透耶 著 |
石繭 上田早夕里 著 |
神様の作り方 坂木司 著 |
物語を継ぐもの 芦辺拓 著 |
小説の神様 中原涼 著 |
灰色の道 赤井都 著 |
女か虎か 高井信 著 |
おかえり 田中哲弥 著 |
下魚 雀野日名子 著 |
嫁入り人形 岡部えつ 著 |
どこか遠くへ 山口タオ 著 |
うきつ 星野幸雄 著 |
筆置くも夢のうちなるしるしかな 朝松健 著 |
妖精の止まり木 片理誠 著 |
林檎 新井素子 著 |
最後の挨拶 早見裕司 著 |
闇の中から生まれるもの達 三川祐 著 |
『1001の光の物語』西秋生:
目に騒がしい惑星観測、妖精のダンスを見逃した男や見えて行き着けない異人屋敷、泡沫の品々を売る「迷い屋」、道端で瓦斯燈の談義や人に化けた星、活人形に恋を奪われ、……もうひとつの神戸を舞台に、幻想を愛する脳髄の裏側に貼りつかんと煌く、矮小のスペクタクル。
『異文字』真藤順丈:
事の真贋は言うに及ばぬ、コンゴの部族に伝わる族長父娘の逸話が萌芽となって、現代に根を伸ばす。《文字》も《音楽》も他のあらゆる表現が霊感を孕んでいた時代から、趣味的に量産される時代へ移行しても、人々に癒しと戒めを寄与するという《物語》の役目は累々と受け継がれる。
『アンタナナリボの金曜市』入江敦彦:
マダガスカルの都市カユシに敷かれた幾多の禁忌。ジンクスにより近い、耳を疑うような突飛なタブーの応酬に面食らいながら、旅行記に沿って明かされていく文化の不思議。巡り巡って故郷の――京都の異端な風習に突き当たると、世界が狭いことを実感するのである。
『塔をえらんだ男と(略』西崎憲:
フリークスに縁のある好戦的な塔の町、詩人の狂騒の果てに歪んだ規律で縛された橋の町、異形の生物が湾から来るが為“みるなの座敷”と化した港の町――三つのパターンへ凝縮される異国への恐怖と魅力と。少年が択んだ道から先は、また別の物語になるのかもしれない。
『楽園』立原透耶:
中国に伝わる月の伝承――『嫦娥奔月』を下敷きに、日本でも馴染み深い月で餅を搗くウサギ『玉兎搗薬』や月桂樹、果ては『竹取物語』と(恐らくは)楊貴妃の引用――陰陽思想をもなぞって描かれる、鳥獣戯画さえ夢のあと。二つの星の流転と微睡のあかつきに活気が参ると摂理は謳う。
『石繭』上田早夕里:
文字通り《物語》を蓄えた石と意思のメタモルフォーゼ。清廉に、何事にも恐れずに生きる者にとって、虚構を嗜む魂は空虚な石ころ同然か。だが虚構を肥やしとして生きるのは独善的な旅ではないのだ。読者各々が持つ《物語》に従えば最後のヴィジョンは天趣のものにも悪夢にも映る。
『神様の作り方』坂木司:
死を騙り、悲劇を語る――《物語》とは、創作とはなんと涜神的な行為であることか。男は神が行う造形を模写したに過ぎない。しかしそれは現実の歪みを得て、本来描かれたはずの姿ではなくなっていく。ここでいう神とは気儘な創造主ではない、落伍した人間を救う筆の一振りだ。
『物語を継ぐもの』芦辺拓:
古今東西の《物語》の主人公が本作の――むしろ人々から求められている――ヒロインに一憂し、様子を見に来るという本末転倒甚だしい物語。現代へのアイロニーが色濃く、男からしてみると苦笑を禁じえない幕引きながら、実にヴァラエティ豊かで、愉快痛快きわまりない物語。
『小説の神様』中原涼:
たとえ《物語》が誰かを救わずとも、フィクションがリアルの前に敗潰しようとも、創作者として忘れてはいけない思いがある。――《物語》への信頼が、道に迷ったとき行く先を照らす灯りとなり、標となる。人とは違って、信ずれば決して裏切らない。神は身の内に宿るものなのだ。
『灰色の道』赤井都:
人間は現在しか見えない。過去も未来も、遠くから覗くばかりで直視はできない。鮮やかな、生の刹那と永遠を切り取ったこの《超短編》は、感性豊かな虹のガエリア。誰しもがここを通り、その色味と調和の感触を知っているはずである。一つきり同じものはない。色も、人の生き方も。
『女か虎か』高井信:
マネーの虎か(笑)サゲが辛辣すぎて愛息にくれるお年玉にはなり得ないものの、ビター且つシビアな大人の価値観を習うにはよく出来た逸品。原典がRSとは言え、子供からすれば大人はなんて不可解なのか。思えば小松左京『女か怪物(ベム)か』という作品があったが、関係はない。
『おかえり』田中哲弥:
逍遙の果てに異郷へ還るという話はよくある。本作は取り分け記憶や思い出に還るという要素が強い。作者の作品は糞尿の臭いと花の匂いを放つ二種の傾向があるのだが『猿駅』や『げろめさん』『夕暮れの音楽室』の前者に対し、姉妹編とも言えるほど後者の『初恋』に類似している。
『下魚』雀野日名子:
これまでに描かれた神は救済の法を司る存在ばかりだったはず。だがここで描かれるのは小さき者を苦難せしめる神の所業である。一見、どこの田中啓文かと思うような食物&生物系グロ描写も入れつつ、《生》の厳しさを抉り出す。しかし、救いはあった。リアルな地獄に差す一筋の光。
『嫁入り人形』岡部えつ:
貧しい家に暮らす母親と姉妹。生活の為に大事にしていた市松人形を売り払うことになる。嫁入りに独り立ちという意味を重ねるのは言うに及ばないが、むしろ自我の確立と言ってもいいかもしれない。だからこそ、人形が人形だと気付くと同時に、自分のちっぽけさを知るのである。
『どこか遠くへ』山口タオ:
人生とは迷宮であり、靄のかかった回廊である。視界が鎖されて尚、距離が離れても尚、何かと何かを結びつける奇縁とやらが人の一生には現れる。コートの赤が運命の赤だと喜ぶには安直に過ぎるか。大の大人でさえ、紆余曲折に道を逸れ、漸く人生の出入口を見つけるのだから。
『うきつ』星野幸雄:
解釈とは自分なりの答えである。ペトロの魚は信心の再教育という意味を失い、個人の正しき行為が救いを得る話に摩り替わる。解釈も信仰も自由なのだ、現代ならば特に。税金も著作権料も潰えた夢も迷いも、それら人生の負荷が幸福へと転化すること、そういう解釈が必要な時がある。
『筆置くも(略』朝松健:
これまで第1巻を除き、異形と共に歩んできた一休宗純。彼の活躍を親しんできた読者も、彼の詳細な足取りを知らぬ者にも御馴染みのアレが満を持して語られる。一休が秘めていた思いの吐露と共に、恰も逆転の発想、言うなれば頓知を効かせた再解釈で、新たなる一歩が描かれる。
『妖精の止まり木』片理誠:
『うきつ』にも通じる拠り所を示す物語だが、より現代的に競争社会に蔓延る意思薄弱、疲労困憊という病理を描く。可視/不可視、勝者/敗者、二元的に扱われる社会は必ずしも対立構造ではなく、止まり木に集る者のように相互関係にもある。羽のように。“人”の字のように。
『林檎』新井素子:
ほんとうの幸福とは何か。その議論は意味をなさない。ほんとうの、という形容動詞は世の真理ではなく個人の心理にある。また、本作の幸福はタイトルにある――『林檎』。さして重要でないアイテムだが、それだけで彼女たちは互いに声を掛け合うのだ。それが俺の思うほんとうの幸福。
『最後の挨拶』早見裕司:
作者は当シリーズで前期(ホラーマインド溢れるファンタジー)と後期(沖縄が舞台の異境小説)の狭間で数作、声優界を舞台とする作品を上梓した。『決定的な何か』『スタジオ・フライト』『青い夢』……過去作をまずは読まれよ、とだけ記そう。この声の変遷は聴き届ける価値がある。
『闇の中から生まれるもの達』三川祐:
これは愛だ。シリーズへの、あらゆる異形のものどもと造物主――作者たちへの。異形コレクションから生まれた作者が放つショートショートの光、この暗澹とした燦めきは数多の物語を跨ぎ、還って行く。更なる物語を生む、脳裡へと。――異形の、ラヴ・フリークへと。
-読解後記-
かくして異形コレクションの円環は閉じた……のかもしれない。
ようやくこの挑戦も終わりを迎えました。しめて、78篇。
困難と愉悦を味わいながら、読解のために頭を捻る日々……書き始めたのは昨年のこと。つい昨日のことのように蘇ってくる。
この苦しみは創作に近しい。
いま、自分が何も書けないからこそ、あえて物語の力に触れてみようと思ったわけですが、その成果はこの140字のルミナリエではなく、俺自身が放つ光。
78本の蝋燭がくれた火の粉……俺のなかのたった一本の燐寸に触れて、火花が起き、煙が棚引き、火が……。
この弱弱しい火をくべて、太陽のコロナと化すか地獄の業火となるか、灰となって風に舞うだけか、それは知らない。
けれども、松明は邪気を追っ払ってくれた。憂鬱の森の先を明るく照らしてくれた。そう、信じようではないか。
後はこの燐寸に残った火を絶やすことのないよう、刹那、泡沫でもいい、少女のような無垢な心で夢を見よう。物語の力を信じよう。
そして新しい物語になって、永劫、貧しい誰かの心を装飾することができるように。
祈る。心の復興を。
H23.12.31 改め H24.3.21 吉川 楡井
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