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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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(まだ×3 語り足りない!)津原泰水【11 eleven】について:第3夜


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収録作品:

五色の舟      /『NOVA2』河出文庫 #2010年7月
延長コード    /「小説すばる」集英社 #2007年6月号
くうはくですからね『逃げゆく物語の話』(ゼロ年代日本ベストSF集成<F>)
くうはくなんですいいですかくうはくです創元SF文庫 #2010年10月
追ってくる少年  /「小説すばる」集英社 #2006年1月号
微笑面・改    /本書のための書き下ろし
琥珀みがき    /朗読会のための書き下ろし #2005年12月
はいはいくうはくー「小説すばる」集英社 #2006年3月号
ほいさっまたまた『短編ベストコレクション-現代の小説2007』徳間文庫#2007年6月
キリノ       /「小説新潮 別冊 桐野夏生スペシャル」新潮社 #2005年9月
手         /「小説NON」祥伝社 #1999年6月号
クラーケン    /「小説すばる」集英社 #2007年2月号
YYとその身幹   /「ユリイカ」青土社 #2005年5月号
テルミン嬢    /「SFマガジン」早川書房 #2010年4月号
土の枕      /「小説すばる」集英社 #2008年4月号
最後もくうはくです『超弦領域』(年刊日本SF傑作選)創元SF文庫 #2009年6月

今宵もやってきました(2回目)。
もうね、書き終わらないと死んでしまうような気がするので書きますよ。
てことで前々回 ⇒ (まだ語り足りない!)津原泰水【11 eleven】について
そんでもって前回 ⇒ (まだまだ語り足りない!)津原泰水【11 eleven】について:第2夜
いくぞー。
 
収録作品:

天使解体            /『文藝別冊 Jミステリー』河出書房新社 #20003月
サイレン            /「小説新潮」新潮社 #1998年8月号
夜のジャミラ          /『ホラーウェイヴ01』ぶんか社 #1998年7月
そうですくうはくです『†(じゅうのけつらく)』e-novels #2000年8月
赤仮面伝             /『村山槐多 耽美怪奇全集』学研M文庫 #2002年12月
玄い森の底から  /『十二宮12幻想』エニックス #2000年2月
アクアポリス          /『悪魔が嗤う瞬間』 勁文社文庫 #1997年11月
脛骨                       /『異形コレクション 屍者の行進』廣済堂文庫 #1998年9月
聖戦の記録           /『異形コレクション 侵略!』廣済堂文庫 #1998年2月
黄昏抜歯               /「小説現代」講談社 #2002年3月号
約束                       /『異形コレクション ラヴ・フリーク』廣済堂文庫 #1998年1月
安珠の水               /『異形コレクション 水妖』廣済堂文庫 #1998年7月
アルバトロス          /『エロティシズム12幻想』エニックス #2000年2月
古傷と太陽            /朗読会のための書き下ろし #2002
これが最後のくうはく 「小説推理」 #2002年9月号
ドービニィの庭で   /「小説すばる」集英社 #1998年2月号
隣のマキノさん    /「牧野修特集」e-novels #2001年3月
『追ってくる少年』では、シェパード犬。『キリノ』では、ブルドッグ。作者の作品にはよく犬が登場する。
綺譚集でいえば『聖戦の記録』がまさしくそれで、犬派と兎派に分かれたご近所間の抗争が次第にカタストロフィへと陥るまでを、読点なし・登場人物の名前は芸能人のフルネームという妙な手法で描いた実験的な一編。末期には機械じかけの神のような俯瞰者を登場させることで、強迫的に紡がれてきた本編が歴史はおろか神話へと変貌してしまう。ちなみに物語の引き金となった犬は雑種で、その名はイシダジュンイチでした。
そんな犬に対する偏愛の集大成ともいうべき、『クラーケン』
クラーケンとは、犬の名前。俗称、グレート・デン。正式な名はドイチェ・ドッゲ。
研修先に向かう途中の訓練所の犬舎で、件のグレート・デンに見納めた女。女は夫と別れた間際で、寂しさを紛らわせるためクラーケンと名付けたそれを飼う事になったが、連れてきた訓練士の少女の方により強い興味を惹かれる。クラーケンの世話を口実に家を訪れる少女は、女の命令に従順で、やがて二人の関係はより親密になっていき……。
この女との蜜なる関係はあくまで序盤のものでしかなく、以降、四代にも渡るクラーケンと、女の暮らしを坦坦と描いていく。死別を重ねながら、都合、四匹の犬と順繰りに生活をともにしていくなかで、それぞれの個性を見極めた女の暮らしぶりにはどこか安穏とした気分を感じるのだけど、いかにも神経症めいた三人称のお陰で、その顛末が如何ほどに痛切なものへ至るのかは想像に難くない。
とはいえこの三人称が曲者で、例えば前述の少女との淫靡な関係を描くのでも、限りなくその瀬戸際までを詳細に語りながら
「クラーケンの首輪じゃ大きすぎるわね。ほかに買わないと」
少女は足を絡めてきた。
と、一人称であればさぞや生々しく少女の飼育を描いたであろうものが、たったの二行で二人が淫靡に堕ちる様、関係の絶頂を描ききるという技巧にはもう脱帽。少しだけ俯瞰した視点があるからこそ、ラストのカタストロフィにも醸し出される女の絶望と狂気がより克明に記せるとともに、一歩突き放されるが宿命の三人称ゆえその愚かさまでもがありありと描き出せるのでしょう。
とどのつまり、女にとってクラーケンを飼育するという行為は、精神の檻へとぶち込んだ己を保護することの投影でしかなく、
三つの厄介ごとを思い出した。一つは巨犬であり、一つは少女であり、いま一つはケージだった。
と語られることからもそれは自明。鏡像である少女を失い、残された巨犬との暮らしぶりで、一層切迫していく女の精神がより痛々しく見える。そして夫から浴びせられた皮肉の一言によって、瓦解した檻のなかから飛び出したもののおぞましさは、文字どおり蜜なる淫靡さを漂わせつつもすべてを発散させ深淵へと吸い込ますような爆縮を感じさせるのです。
玄関先で僅かな時間に繰り広げられるそれら精神の躍動を、
あとは魔の領分だった。
という〆の一文に封入させ、余韻も何もかも断ち切る手法には、嘔吐きも奪われてしまいます。
神経症めいた女の話といえば、綺譚集には『黄昏抜歯』があります。
こちらは歯の神経痛と歯科医院での治療から、学生時代の記憶を呼び覚まし恐怖に苛まれるという話。スキー合宿中に事故に遭い植物状態となった後輩の女に対する罪悪感と、事故間際に寒さでかち鳴っていた後輩の歯の音がカットバックとなって、女をある決意へと導いていく。ラストの開放感、そもそもの背景に婚約者との不和があることなど、『クラーケン』との共通点も見られる。
とはいえ『黄昏抜歯』においては、強迫観念が不変なはずの現実を歪ませる一瞬を描き、それがある種成長小説のような爽やかささえ振り撒いているのですが、そちらと比べると『クラーケン』は聊かネガティブ。否、視界がライトかダークかの違いで、二作とも究極のポジティブなのかもしれないけれど。


続いて、『YYとその身幹』
作者の描く性描写は泥臭い、あるいはドブ臭いと個人的には思う。
それを先鋭化させたのは綺譚集の『アルバトロス』(これも取りあえず何も知らずに読んで戦慄しちゃってください)かと思われるのですが、象徴ではなく、より現代的な描写としても、よく臭う。本書収録のなかにもその片鱗は見てとれますが、真っ先に思い出されるのは綺譚集の『サイレン』でした。話の構造としては、『サイレン』と相対するのは『手』だという気もしますが、身近な人間の死というありがちな一要素を取り上げるばかりでなく、その淫靡とは言い難い、生々しい描写は本作と双璧をなすのかと。
お気に入りの作品ほど内容を語りたくないという欲があって、『YYとその身幹』については、人形(主にマネキン)をモチーフとし、猟奇的な殺人事件を巡るミステリであるとだけ記しておきます。もちろん何かを語ってミステリとしての魅力が薄れるのを危惧するというわけではなく、本作の冷徹さと鋭さ、頑なさは是非生で味わっていただきたいというのが本音。そういう意味では、『延長コード』と同列です。
一方の『サイレン』は、祖父殺しを企む姉と弟――否、禁断の禊を交わした男女であり、不完全な母と息子――を主役とした一編。何故、あえて『YYとその身幹』『サイレン』を対にしたいかというと、主にラストにあります。『サイレン』は、すべての情事、企てが済んだ後、取り残された弟が何処から響くサイレンに導かれ、彼岸の砂浜を踏み入っていく場面で終わります。このシーンは、女という海に歿していくこともまた表していたりもするのですが、込められた意図よりも踏み入っていくという行動そのものをここでは取り上げます。
『YYとその身幹』ではまさしくこれとは正反対の行動が示されるのです。その上、『サイレン』のラストシーン直前、弟は姉の身体を眺めつつ自涜をするのですが、『YYとその身幹』においては……。
対照的なのは、射精の果てに闇へと身を投じる『サイレン』と違い、『YYとその身幹』における行為後の感覚は……。
また、闇から目が覚め色味を失った砂浜を歩く『サイレン』と違い、『YYとその身幹』におけるラストシーンは目映さが……。
とまあ誤魔化しもしつこくなってきたところでまとめますけど、死のエッセンスを孕んだ女を追い、彼岸へと旅立つ『サイレン』。その時点では生のエッセンスに満ち溢れていたであろう女を見送り、此岸へと立ち去る『YYとその身幹』
その対比が、頭から離れません。
閑話休題。
現代小説の手触りを引き合いに出せば、『頸骨』にも繋がるものがあるとも思います。『頸骨』はタイトルのとおり、懇意だった女の頸骨を拾った男が三十余年ぶりに女と再会するという物語の伴奏に乗せて、輝きの褪せた屍をモチーフに、死を知り生を知るというテーマに肉薄した一編。『YYとその身幹』とは、人体に固有の美を与える着想であったり、哀切さばかりが残る青春小説のエッセンスを醸し出す点、同穴から出でたもののような気がします。


はい。今日も二作でした。
平日は一日二作が限度なんですね。
ということは、いよいよ次回で終わります。なんだか後になればなるほど書き込みが多くなってきていますが、それもここまで、次回の『テルミン嬢』『土の枕』は、あっさりしたものに出来ればいいなあと思います。
ならないだろうと思いますが。
ほな、また明日もこの場……。




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