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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『細君分裂』

[解題]
着想だけがあった物語を認めようとすると、オチの付けかたに難儀する場合がある。本作がそう。加えて、タイトルも定まらないと来れば難産も難産。紆余曲折あり、このような形に落ち着いた。
いわゆる作中の方程式が成立しているかどうかは不確かである。これで正しいのか、作者としても結論づいていない。だが愛情というものが教科書を持たぬ以上、言及は無意味だと悟る。
ちなみに妻の増殖は作者の願望ではない。当然ながら。




 妻が殖えた。

 君は知り合った頃から、賢くて、一途で、健気で、家事も出来て、よく気がきいて、よく尽くしてくれる。君を妻に選んだのは正解だと思っている。君ほど僕の妻に相応しい女性はいないと、今も心から言えるだろう。
 でも君には一つ欠点があって、それは君自身もよく分かっているはずだ。君は何でも自分でやりたがる。いや、自分がやらねばと背負い込む。無理をするなと僕は幾度君を諭したことか。君はその度に気をつけると言ってくれたが、未だにその癖は直っていない。確かに僕にも悪気があった。とある夜更けに、僕は布団の中で君が何人もいればと口にしたことがあった。真面目な君はその言葉を受け入れてしまったのだね。次の日から、君は分裂し始めた。目が覚めると君は二人になっていた。
 翌朝の僕の驚きは喜びに近いものだったのかもしれない。君が二人いるということは、僕の負担が更に半分になる。朝食を作る君と、テーブルを拭いている君。二人の君を見たとき、素直に僕は喜びを感じたのだ。
 やがて君は四人に殖えた。家の中を四人の君が歩き回っている。とうに喜びは消え、不安に変わっていた。一体、君はどういう理屈で殖えたのか。この先、何処まで殖えていくのだろうかと。
 そして、数日前の朝。君は八人になった。
 一人目が僕を起こし、二人目は台所でみそ汁を温め、三人目が味見をする。四人目は庭の花に水をあげていて、五人目はシャツにアイロンをかけている。六人目は内職をしていて、七人目は洗濯機を回し、八人目が愛しそうに僕を見つめる。
 八人に見送られて、僕は玄関に立つ。八人とキスをして、抱き締める。
 誰か一人に急かされて、僕は出勤する。
 それはそれで幸せだった。
 だが、数日後には君は十六人に殖えていることだろう。君は僕に気付かれないように振る舞っているけれど、分裂すると僕への愛もその割合で分裂している。僕は知っている。僕には十六もの愛、三十二もの愛、それ以上の数の愛をかき集めて暮らすなんて無理だ。僕は悩んで、死ぬほど悩んで、結論を出した。

 六十四人の妻はそれぞれ赤ん坊を抱いている。
 妻は我が子に唯一の愛情を注ぐ。僕は六十四倍もの愛情を注ぐ。
六十四人、すべてを抱いて孕ませた。それが妻の愛と僕の愛のバランスを保つ最善の策であり、男の責任だと思った。
 六十四人の妻、六十四人の赤ん坊が、僕をパパと呼ぶ。
 今の僕の幸せは、どこか狂気に似ている。
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