予知予報ではなく、化石の今――が少女を永劫閉じ込める、硝子の脳髄の魅せる夢。
少女が駆けていく後姿が、そのラヴェンダ色のブラウスが、硝子の脳髄に映りこむ。背丈三倍をゆうに超える扉を開け、外気の白昼に溶け込んでいくシルェットを追いかける走査性なく、ただ一枚の絵画をスキャニングするかの如く、扉と少女のトゥーショットを記憶に焼き付ける。
扉の外側に彫られた紋章は、この屋敷が何たるかを教え、一方で人々を遠ざける装飾となった。内側に刻まれた傷は、監禁されたわたしが叩いた痕跡。嘗ては割れた板の隙間に蜘蛛の巣も張っていた。けれども名残さえ見えないのは、その時代も遥か過去にあるということだろう。
過去――。脳髄に詰まった街の歴史を三様に言い表せば、現在、過去――未来。硝子の脳髄が孕むのは、嘗ての時点で確かな記録と、日毎の現況と、不確かな予知予報の類をデータベースに封じたものだ。記録する毎に過去へと収束していく、現況と予報。空気中の水分を指で摘むが如く、年次三〇〇×pの一〇乗で格納された情報から微細な一点をわたしは取り出すことが出来る。pとは住人の数である。一年通して移り変わるものだから定時性はない。けれども情報が外部入力されない限り、pは増えも減りもしない。
覗きこむ少女。わたしは君を知らない。
わたしに記憶されることが存在確定の証だったが、今や失われた前時代の機構で、かくいうわたしだって、生ける原理を奪われたに他ならないこともまた真なり。何時だか遊びに来た三人の少年が、仲間内でのみ通じる鍵言葉を訊きに来たことがあった。存じませぬ、と答えるわたしに、満足げに笑い合う少年たち。無知という言葉をこそ知らぬわたしに対して嫉妬があったのだろう。無知は愚かという箴言を、その日わたしは格納した。
視神経から入る映像もまた情報源であり、少女が浮かべる、怖気を好奇心で上塗りした表情は、扉の外に今なお世界があることを教えてくれた。揺るぎないと思っていたpの数値が、案の定、変動していることも教えてくれる。
少女の背後は逆光の域。光を貫き現れる警備員の太い腕が少女の肩を掴む。扉が鎖される。現時代は前時代への立入を禁じ、骨董としての価値を与えるが、その文脈は本流から逸れたパラレルとして分岐する。
たとえばわたしがここにいるように。
空虚に闇を吸い込み、次の百年、次の千年、のち来る無知な少女を待つように。
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