手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『北極日誌』

[解題]
吸血鬼の花嫁となった氷の女神ヘルに引き続き、北極に出現する妖かしを。
精液をも凍結させる氷原ながら、冷たければ冷たいほど火傷する、生死と幻影の熱量をご賞味あれ。
映画『南極日誌』のCMを見て(つまり実際には見ていない)こんな話じゃねえのと思って書いた。たぶん、全然ちがう。

 ここまで共に歩んできた仲間たちが目の前で死んでいく光景を私はただ見守りながら私もまた死の淵を彷徨いながらこの猛風雪が打ち付けるテントの中北の涯ての地で死んでいくしかないのかじんじんと凍みる指先を唇に挟むと生解凍の血潮がしゃりしゃりと音を立ててわたしの指の皮膚の内側で積もっていくのが分かる己の体温が恋しい今にも消えてしまう命の燭火がなけなしの温度なけなしの熱量……。

おまえは本場の氷の煌きを見たことがあるかテントのすぐ裏手にはそれがある硬質で非流線型のプリズムが我我の行く手を阻んでいた誰一人その氷山を登る意欲を沸き立たせる間もなくその麓でこうして息絶えている我我は何をしにここまで来たのだろうおまえだけは死ぬな明け方ここを出て基地へ向かえ数キロほどの近くまで来ているはずだ座標を見ろ座標を図面をそして救援を呼べそれまで俺は子守唄を暖かい蒲団と炬燵の温もりを……最後の仲間が唇の周囲に吐血の結晶を残して今死んだ……。

私は這い蹲って体力を失わないように最低限度の動きでテントの外を窺いに出るファスナーも固い凍てついているのか最早それを下ろす力が指先に宿っていないのか震えが止まらないファスナーの先端を歯で食らい付き入口を開ける白く薄暗い水墨画が広大に果て無く描かれ眼前をちらつく拳大の雪の飛礫ばかりがそれを景色と認めさせ隙間風がテントを湿らしもうだめだもう死んだ方がましだと脳裏に取り憑いた別の自分が悪魔の声色で戯れる今何を視た己の眼は何を捉えた三角形に切り取られたテントの入口その向こうには混沌白濁の世界その視界に黒糸の集合体が垂れ下がってきて次第に上部から覗き込んでくるあれは……。

寝袋の中呻き声を上げた自分の声に愕いて眼を覚ますと外は晴れ晴れとしていて銀世界に映える青空の露出が眼を狂わせ這い出て尚も冷え冷えとした空気を毛皮越しに感じると生命を実感ふと生暖かい股間に夢精の跡があるのに気が付き顔を上げれば精悍な空の下の雪氷の大地の中腹に白い着流しの髪の長い女が麗かに舞いを踊り……。

耳を劈く轟音風の音氷の爆ぜる音薄ら寒さは極寒へと戻り今のが夢だと分かった頃にはこんな寒いのに胸を大きく肌蹴た着流し一枚頬一面霜で覆われ目を蕩かした黒髪の女が首を異様な角度に曲げてテントの中を覗き込んでいてその背景に水墨画めいた北極の夜を敷いて細い白雪の腕を差し伸べる女の囁きが届く。
また、……ましたね。
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