夜が訪れて、故郷の町に人集りが消えることはない。煉瓦通りをかち鳴らす靴底に多少の犬の糞がへばり付いたところで、町人は気にせず笑い飛ばして、掌サイズの酒樽を呷る。
通宵で、連日連夜のカルナバル。
酒精を嚥下し、頬を紅潮させた少年たちを尻目に、ジョルジオは口笛を吹いていた。幾つも歳の違わない少年たちが目睫で淫行に走っているところで、嫌悪感を剥き出しにして退散するつもりはない。
年端もいかない女の喘ぎが波打ち、大人たちは哄笑している。足元では、豚の腸に詰められた麻薬が焚かれ、ブラウンの煤煙が空を上り、地を這っている。
「この町の正しさって何かな」
二月ほど前に、この町にやってきたレンソンが隣に座る。畫材屋の生け垣の上。枯れた蔦が蛇の抜け殻のように群がっている、その上に腰掛けている。
「そんな疑問もきっと正しくないのだろうね」
ジョルジオの返事を待たずして、レンソンは言った。
この町では珍しく《狂って》いなかったはずのレンソンも、次第に町の熱に曝されて変わっていった。
レンソンは煙草を一本くわえ、慣れない手つきで火をつける。
裸体の女が振り回される。男たちの齒と爪がつけた黥(いれずみ)が生々しく白い肌に残っている。指の跡が蚯蚓腫れとなっていて、汗とも膿とも愛液とも見紛うほどのぬめりに全身塗りたくられている。
瓦斯燈の列の向こうに拡がる港の闇から、象の雄叫びのような重厚なサイレンが響いてきた。町人は動きを止め、サイレンに耳を澄す。
銃剣を携えた夜警団が踏み込んでくる。皆、給与を得るためだけに正義を重んじる傀儡だ。乱交途中の若者たちを一突きにし、息をも覚束ない女を抱き起こす。生唾を飲みながら女の傷付いた体に毛布を纏わせ、少年たちの亡骸をずるずると引きずっていった。
煉瓦道に印された紅い血の跡は、明くる朝も残されるだろう。店主たちが水で洗い流すまで。だがその大半は、夜中の間に野良犬たちが舐めてしまう。店主たちは野良犬の涎ごと、バケツ一杯の水で汚れを渫うまでだ。
「結局、正しいことなんて何ひとつないんだよね。僕らの周りには」
レンソンの言葉を聞きながら彼から煙草を拝借し、サイレンの消えた殷賑の夜の中で火をつける。白い煙に紛らせながら、吐いた言葉も宙を漂う。
まったく、そのとおりだと思うよ。
女の姿に将来の自分の姿を重ねながら、とりあえず今は愛して欲しいとジョルジオはレンソンの唇を奪う。
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