平常の夜空であれば身悶えしているかのように赤黒い星と虚無との重なりを波立たせている穹窿の天井はやけに落ち着いていて、あまりの静けさに砂を踏む音がすべてを支配している。
(槍、屋根、山、山羊、藪……)
コビトの若者たちが口ぐちに呟きあって歩を進める先に、〈腸番〉がある。天井を締め付ける二枚の羽根で、中央の接続部に突き出たチューヴが〈ドル井戸〉だ。これまで潤沢に水が注がれていた〈ドル井戸〉だが、ここのところ嵩が減っていた。
(塔、樋、突、鳥屋、扉……)
昔ながらの数え唄である。粘力のある〈ドル井戸〉の水は地に落ちる間にさまざまな形状を築くのだ。ひとりが足をとめ、ロープで繋がれた後続の者は思わずつんのめった。
(急にトマルナ、気がフレタカ、)
兄弟は謗り合った。〈ドル井戸〉の恩恵をまともに受けたここいらの土地は、肥沃きわまりない黄土が波立っているのである。立ち止まったら流されかねない。
(見つけた)
先頭のコビトが指さす先にそれはあった。途端に響きだす軋みは二枚羽が互いに干渉し合う音だとわかる。今にも〈ドル井戸〉がクリーム色の粘体を吐き出すと ころのようだ。水は先端に重心を宿らせながら途中で切れたりすることなく、中空で振り子のように踊り城壁と化す。半ば整ったらぶちんと切れて着地して、す ぐに足元からぐずぐずになっていく。
雷が起きた。天井のさらに向こうの方から聞こえてくる雄叫びである。天災の予兆ともいわれている。コビトたちは先に進んだ。塔の次は摩天楼、さらに教会と垂れては崩れ、崩れてはまた産み落とされる造形物。
若者間で流行っている噂である。世界の外側には自分たちと似たような生活を送っている巨人がいるという。もっと驚くべきことには、自分たちはその巨人の腹に住んでいるようなのだ。
丘に登り、若者たちは絶え絶えとした〈ドル井戸〉の活動を見守った。枯渇は死、という長老の言葉どおりならば、まして噂が真実ならば、この世界も永くはない。世界の死は、自分たちの滅びを意味する。
(見えるか)
コビトたちは特異な神経系で意識を共有することができる。先頭のものが〈ドル井戸〉のそばの山稜の奥に見たヴィジョンを、その場にいた全員が思い浮かべられた。
赤黒い空と砂地に挟まれて伸びる地平線。苦悶し横臥する巨人はじき安穏とし、斜陽のごとく疎らな星空を引きずりこみながら、その巨大な図体を地平線に没していくのだった。
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