黒雲が巻いている空。生気の失った深い森を抜けて、辿り着いたのは銀壁の城。
暗紺の泉の真ん中にそれはあった。
黒く澱んだ川を跨ぐ石畳の小橋を渡り、悪魔のレリーフが乗った門を潜る。草花は枯れて更に淡色の色彩を昏闇の中に咲かせていた。通る者への罠のように茨が生い茂った庭を抜け、大きな樫の扉を開ける。そこは漆黒だった。
だが、人がいる。二十人以上。闇の中で、体はマントで隠しているのか、白地に模様のついた仮面だけが浮かぶ。曼荼羅紋様、ナスカの蜂鳥、セーマンドーマン、アラベスク、雪華、市松、唐草模様、五芒星と流線型……。仮面の数だけ模様が違う。彼らは部屋を取り囲み、皆、中心を向いて、私を待っていたのだ。
「弟を返して。弟を探しにきたの。いるんでしょっ」
私の声が広間に響いた。
『キミノ弟ハ、私タチノ中ニイル。見ツケテミタマエ』
機械的な声が答えた。広間に並ぶ、仮面たちが微かに動いた。
数歩、進んで立ちすくんだ。仮面たちが気味悪いのは変わらない。この中に弟がいると分かっても、変わらない。だけど、ここで食い下がる訳にはいかなかった。弟を探しに来たんだ。この長い距離を。
私は仮面の前を横切り、見定めた。仮面の一つ、ロココ模様のそれに指を差す。賭けだった。根拠はないが自信はあった。
『ソレデイイノカ。仮面ヲハズシテミロ』
私はゆっくりと仮面に手をかけて、外した。口にテープを貼られた弟の顔があった。私はテープを剥がした。
「姉ちゃんっ!!」
私たちは抱き合った。弟の温もり。
「帰ろう」
弟は頷く。
「仮面をしていたって、分かるわ。……弟だもの」
あの声はもう聞こえて来なかった。代わりに、仮面の様子がおかしくなる。薄く切れ込みの入った目の部分に煌めきがあった。肩が震えている。ステンドグラスに月の光が漏れる。光が射し込まぬ間は闇に同化していたのだろう。虹色のベルトが仮面の群れを舐める。啜り声が反響する。
「姉ちゃん、逃げなきゃ」
弟の声で我に帰り、弟の手足を繋いでいた縄を解くと、城から飛び出した。
帰りの馬車の窓から、城が遠ざかっていくその姿を眺めて私は一息ついた。
弟は疲れて眠っている。明日からは元の生活に戻るのだ。
もし、あの時、間違えていたら……。
弟の手を握る。
あそこにいたのは、まだ迎えが来ていない仮面たちなのだろうか。それとも……。
あの時、仮面が流した涙。私はきっと忘れない。
PR