手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『草原を駆るのは』

[解題]
家人も最後のセリフが気に入らなかったらしい。あまり抽象的に落とすのもどうかと思うし、探しに探したあげくあまり技術のない落とし所にポロッと行ってしまった感じ。技術不足だ。
個人の嗜好として『パンズ・ラビリンス』、『ローズ・イン・タイドランド』など陰湿な世界がすぐそばにある少女の内的世界ばかり見てきたためか、純粋に“陽”的なアリス世界を描くことが新鮮でもあった。 
叙述、イメージとしては津原泰水『バレエ・メカニック』の影響がにわかに感じ取れる。





小さい頃はお気に入りの指人形たちが夜毎動き出したら……なんて妄想もしたけれど。
 時間の経過が思い出を他人事にさせてしまう。今も家のどこかに昔のおもちゃはしまわれているに違いないのに、一つ屋根の下にいるという心地がしない。おまけに高校に進学したら勉強勉強で探すひまだってないし、わずかな趣味の時間はネットかショッピングで潰れてしまう。四歳から続けてるピアノだって、ここ最近は全然触ってない。昔から才能はないって気付いていたから、別にいいけど。

 八時二分の電車に乗らなきゃ遅刻だってのに、どっかのオヤジが改札でもたもたしているせいで、乗り遅れた。もともとの原因は、寝てる間に行方不明になったケータイを探してたせいだけど。むしろ、パソコンラックの陰に隠れていたケータイが悪い。
 新宿駅前をうろついていたら、スクランブル交差点の真ん中に白ウサギがいるのを見つけた。たぶんまた何時か聞いてくる。ウザいので、スタバに逃げ込んだ。カウンターに鞄を下ろすと、ミサコからメールがきた。明日数学の臨時テストがあるらしい。溜め息をついて、コーヒータイム。てか外が騒がしい。選挙の荷馬車が大通りでたらたら演説を繰り返している。灰色の鬣だから、あれは共産党だ。それぐらいニュースを見ていなくても知ってる。
 カフェオレを飲んだらすっきりして、109に行こうと思った。でもその前にATM寄らなきゃ。さっき最後の千円を使ってしまった。小銭では化粧品すら買えないもの。お金を下ろして通りを歩いていると、いつもはこの角曲がれば近道なのに違っていた。ここら辺はしょっちゅう道筋が変わる。さまよってる内、東京タワーの麓に出てしまい、そこで街路樹に道を尋ねた。
 南に鶏、七歩分。東に子ネズミ、十歩分。くるりと回って、妖精のチーズ二つ分。
 言われたとおりにしたら、なんと、余計道に迷った。教え方悪いっつうのなんて毒づき、仕方なくGPSで位置を探る。地下道を見つけたので、早速潜ると草原に出た。見覚えのある少女が丘の向こうから走ってきてジャンプする。草は少女の体を受け止めるには充分すぎる柔らかさで、まふんと少女の体は跳ねもせず、草原のベッドに埋もれていく。

 そうか、ここは思い出が混在する《百年庭園》なのか。
 起き上がって駆けていく少女の後姿を見送りながら、伸びをする。
「あの頃がうらやましいよ。……ま、仕方ないか。よし、帰って勉強しよっと」
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