ふたりがまだ名付けの技術を持たぬ頃の話だ。
朝、目が覚めると、ふたりいつもの屋根裏に上って、岩石の宙返りを見ていた。たまに息を吹きかけて、ころころと宙を転がっていく岩石を、あるとき、リンちゃんが指で弾いてしまった。勢いがついて、まっさかさまに窓から落ちていった岩石は庭にある池にぼちゃんと音を立てて沈んだ。
近くで洗濯物を干していたお母さんが気付いて、アンタたちなにしてんのっと怒鳴り声を上げた。とりあえず網だけ持って庭に下りていくと、お母さんが仁王立ちで泡立つ池を覗き込んでいた。
この前も一個だめにしたんでしょっ、育てる気がないんならもう創ってあげないかんねっ。
お母さんの怒号に肩を強張らせて、ふたりは恐る恐る網を池に突っ込んでかき回した。手ごたえがあって、掬ってみるけど、岩石は拾えなかった。ぶくぶくと泡が立つ水底をつついてみるけど、やっぱり岩石は拾えなかった。
泡は数日収まらなかった。朝も夜も、池を覗けば、大小さまざまな泡が水面で弾けていた。リンちゃんはリンちゃんが指で弾いたから岩石が池に落ちてしまったことを悔しがって、あまり言葉をしゃべらなくなった。ぼくはぼくで、夜眠っている間に夢を見た。箱型の建物がいっぱい建っていた。けれどどこからか現れた波になぎたおされてしまって、辺りは水だけの世界になってしまった。ぼくはどうしようも出来なくて空で泣いていた。目が覚めたら、隣でリンちゃんも泣いていた。ふたり毛布にくるまって声を上げて泣いていたら、お母さんが抱きしめてくれた。
もうなっちゃったものは仕方ないの。でもだいじょうぶ。池に落ちたぐらいでは壊れない石もなかにはあるから。
ぼくとリンちゃんはお母さんを信じ、次の日から池を眺めては祈ることに決めた。
壊れていませんようにって。
あれから時は流れた。カレンダーの上ではかなり永い年月だったが、驚くほどあっという間のことだった。ぼくは火を覚えた。リンちゃんは風雨を覚えた。お母さんが岩石をどのように産み出して、ぼくらの手から離れた後は、岩石がどうなっていくかも知った。
絶えぬ火は翼を持ち、ぼくらはそれを不死鳥と名付ける。何度も甦る再生の象徴だ。
リンちゃんに揺り起こされて庭へと急いだ。消えたと思っていた泡立ちが激しくなっている。そうだ、ふたりはこの時を待っていたのだ。
池の水面から、逆巻く青い翼を携えて、水の不死鳥がいま飛び立つ。
PR