手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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H23.2.19 書店にて


Q.E.D.証明終了(38) (月刊マガジンコミックス)
もう半ば惰性で買っている加藤元浩氏のミステリ漫画。
今回の収録作は『虚無』と『十七』の二篇。
『虚無』は映画制作を舞台にした殺人アリの一篇。
表現媒体としての【映画】を感情やメッセージの鑑に用いた『いぬほおずき』(Q.E.D.証明終了(17) 所収)とは異なり、今回は映画を“つくる”、つまりは企画者・出資者・制作者の視点から、事業としての【映画】に言及している。
作中トリックについては、ミスリードもありつつ手錬だなと思う反面、推理ものには弱い俺でも大方予想のつく幕切れで、まあ無難な範囲。作者お得意の最後の一ページによる、キー人物の台詞の切れも今回はあざとさが目立ったか。
『十七』は、-『和算』と『数学』、時を越えたコラボレーション-(帯より)ということで、今回はこちらがメイン。
概要は、テレビ番組で一挙有名になった神社の敷地内に、正十七角形のお堂が建ててある。実はそれは江戸時代に『和算』において驚くべき才能を持っていた十三歳の少女・秋沙が設計を立てたものであり……という話。
数学ものが特色である漫画なので、先日、某番組で和算の特集を見たときにもしやと思っていたのだけど、まあすっかり忘れていた次第で、新鮮でした。秋沙が見つけた和算(天元術)では証明出来なかったものの正体は、二つの解ということから予想はついたので、ミステリ的な読みよりむしろ人情噺としての読みが正しいのだろう。だって、数学の難しい話は分からないし。

C.M.B.森羅博物館の事件目録(16) (月刊マガジンコミックス)
並行して連載されているアナザーストーリー。
『ナスカの地上絵』、『レヤック』、『学校の七不思議』、『クファンジャル』の四篇。
『ナスカの地上絵』は定番となっている世界史もの。殺人トリックが、ううむとマイナスな意味で唸ってしまう代物ながら、分かりやすいからいいのだろう。動機付けも落差はなかったかね。
『レヤック』。続いての舞台はバリ。バロンとラムダが出てきた時点で凄い好みなんだけれども、とりあえずこの漫画、というかこの作者のホラーチックな話はどれもいい。道具立てやら見せ方は常套なものに過ぎないんだけれども、スマートに提示されるからストンと心に落ちてくるのね。一番好み。
『学校の七不思議』。定番のクラスメイトを交えた日常の謎風。怪談が巧く絡んでない気もするし、新たなキャラクターのお披露目(たぶんこれっきりだろうと思うが)、つまりは箸休めだね。
『クファンジャル』。これも定番、美術品関係。今回登場したのは、中近東における装飾された短剣クファンジャル。それをマクガフィンに用いて、盗品絡みの一種のコンゲーム(ではないか)。登場キャラクターの深みを与えるための話。犯人役に対する一撃ギミックは、ちと分かり易すぎ。けれども、その推理開陳の手筈は流石のものなので、いつもの如く楽しみました。
てことで、二冊合わせても、『レヤック』が読めただけで余は満足じゃ。

伝奇集 (岩波文庫)
はい。いきなりボルヘスの短篇集、なぜに、ということで。
思い起こせば中学時代。ボルヘスという作家に興味を持ち、いやこういうの読んだら凄いかもなあなどと中身のない憧れを抱きつつ、図書室を探し回ったけれど、見つからず、仕方ないので書店で立ち読みした結果、なんじゃこれ訳分からん!!と挫折しレジにも持っていけなかったといういわくつきの本。
映画『インセプション』を観て、本作所収の『円環の廃墟』がバックボーンだということで、ああ懐かしいなあという郷愁に浸るため購入。
おそらく中学時代の挫折の源は、『円環の廃墟』を読んだからではないと記憶しているが詳細はおぼろげなので、とりあえず『円環の廃墟』を読む。いやいや、こんなに詩的で読みやすいのかと驚きました。もちろん他の作家と比べると使う体力は比じゃないのだけれど、ハードルを高く見積もっていた分、楽しめました。夢を見ることの自覚から始まり、夢のなかで生み出すことが神の創造と重ねられて語られ、それに伴い、自分自身でさえ生み出されたものではないのかという恐怖心が植えつけられるという流れが断片的に紡がれていくので、ストーリーにテーマが練りこまれているというよりか、幾つかのステップに物語が添えられているという風合い。この点がいわゆる読みづらい点なのだなと時を越えて再確認した次第。こういう話はこう書けばいいのだなあと勉強になりました。
あと、本日読んだのは他幾つかありますがめんどくさいので割愛。
深読みせざるを得ない作家だし、感想もなんかどう書いていいか分からんのよね。正直、こういう作品は不慣れなんですよ。いつもロジックではなくイメージ先行型の小説ばかり読んでいるので。言葉が浮かばんというかどの視点で切り込んでいいのか。
ううむ。小説ってほんっと面白いものですね(水野晴郎風)

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