テレビが騒いでいる。動物園の猿山が、突然もぬけの殻。そんなニュースでもちきりだった。レポーターも神妙な面持ちだが、どこか居心地が悪そうだ。集団逃亡、盗難、また別の奇怪な前兆……天災の前触れだという声もある。
「ママー、あれぇ」
人のごった返す猿山の柵の前で、園児ぐらいの少女が空を見上げている。白い雲と青い空の境目に、真っ赤な風船が上っていくところだ。
「あら、誰かが手放しちゃったのね」
「あのね、あそこにいたひとだよ」
「大人のひと?」
「ううん、ミィぐらい」
だが娘が指差す方に、娘と同年代らしき子どもの姿は見えない。
「あのね、ミィみてたの、そのひとね、ぱぱっと
ふと、繋いでいた手の先から感触が消えた。
「ミィちゃん、ミィちゃん?」
さっきまでいたはずの娘の姿はなかった。
金をふんだくるぐらいなら、どんな覚悟も必要だ。足元で事切れている知人の男を見下ろしながら俺は思った。血に濡れた金槌をソファーに放る。二十分も経てば、事務員が戻る頃だろう。死体を捨てに行くにも車がない。この面会は周知されている。袖で汗を拭う。外は炎天下。血の臭いが鼻をつく。水が欲しかったが喉を潤している暇はなかった。事務所の勝手口で物音がする。バッグから今にも鍵を取り出そうとしているシルエット、ほぼ間違いなく事務員だ。もう逃げ場すらない。
奇妙な夢を視た。静かな草原だが等間隔で隆起している小高い丘に、ビルがにょきにょきと生えてくる。ビルははじめ半透明だが、速度が緩まる頃には黒くなっている。窓は作り物のようだし、中に入れるかどうかも定かではない。建物というより棺おけのようにも見えた。
なんて天気がいいんだ。大きく腕を広げ空を仰ぐ。青い空、降り注ぐのは白色の光。
すぐ思い出せる記憶は幼少の頃、遊園地で風船を失くした記憶。あの風船もこんな青い空を背景にしていた。「違うよ」隣に立つ高校生ぐらいの少女が口を挟む。「遊園地じゃない。動物園だよ」
かもしれない……で、きみは誰?
訊き返す間もなく、生まれたての都市から喧騒が響いてくる。夥しい数の猿が地表から溢れるように、無秩序に駆け出してくるのだった。都市を形成した黒い影は次第に薄れていき、やがて潤いある草の波が風にそよぐだけとなる。
わたしが誰かは彼しか知らない。そう言ってビルの残映を見つめる少女へ、俺は尋ねた。
もしかしてきみは、あのとき殺した事務員なんじゃないかなぁ、
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