手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『不機嫌なモノリス』

[解題]
タイトルにモノリスとあるように、また、猿が登場するように、『2001年宇宙の旅』は確実に源泉にある。しかし、ビルの描写などは『ダークシティ』、『インセプション』的であり、十割、『2001年宇宙の旅』にオマージュを捧げた作品であるとは言い難い。
オチが実にまどろっこしいことになっていたり、モノリスとの関連が不明瞭であったりと、聊か意味ありげな作風なことからも予感させるように『エコーエコー』と同じく、作者なりの複雑な作りこみが下敷きにある。けれど本作の場合は特に、韜晦であることが印象的でもあるので深く語ることが絶好であるとは思えない。タイトルのモノリスとは何なのか。作中の男女は、如何なる状況に追い込まれたのか。モノリスは何故、不機嫌なのか。何を齎したのか。
それらすべて読者の想像にお任せする。



 テレビが騒いでいる。動物園の猿山が、突然もぬけの殻。そんなニュースでもちきりだった。レポーターも神妙な面持ちだが、どこか居心地が悪そうだ。集団逃亡、盗難、また別の奇怪な前兆……天災の前触れだという声もある。
「ママー、あれぇ」
 人のごった返す猿山の柵の前で、園児ぐらいの少女が空を見上げている。白い雲と青い空の境目に、真っ赤な風船が上っていくところだ。
「あら、誰かが手放しちゃったのね」
「あのね、あそこにいたひとだよ」
「大人のひと?」
「ううん、ミィぐらい」
 だが娘が指差す方に、娘と同年代らしき子どもの姿は見えない。
「あのね、ミィみてたの、そのひとね、ぱぱっと
 ふと、繋いでいた手の先から感触が消えた。
「ミィちゃん、ミィちゃん?」
 さっきまでいたはずの娘の姿はなかった。


 金をふんだくるぐらいなら、どんな覚悟も必要だ。足元で事切れている知人の男を見下ろしながら俺は思った。血に濡れた金槌をソファーに放る。二十分も経てば、事務員が戻る頃だろう。死体を捨てに行くにも車がない。この面会は周知されている。袖で汗を拭う。外は炎天下。血の臭いが鼻をつく。水が欲しかったが喉を潤している暇はなかった。事務所の勝手口で物音がする。バッグから今にも鍵を取り出そうとしているシルエット、ほぼ間違いなく事務員だ。もう逃げ場すらない。


 奇妙な夢を視た。静かな草原だが等間隔で隆起している小高い丘に、ビルがにょきにょきと生えてくる。ビルははじめ半透明だが、速度が緩まる頃には黒くなっている。窓は作り物のようだし、中に入れるかどうかも定かではない。建物というより棺おけのようにも見えた。
 なんて天気がいいんだ。大きく腕を広げ空を仰ぐ。青い空、降り注ぐのは白色の光。
 すぐ思い出せる記憶は幼少の頃、遊園地で風船を失くした記憶。あの風船もこんな青い空を背景にしていた。「違うよ」隣に立つ高校生ぐらいの少女が口を挟む。「遊園地じゃない。動物園だよ」
 かもしれない……で、きみは誰?
 訊き返す間もなく、生まれたての都市から喧騒が響いてくる。夥しい数の猿が地表から溢れるように、無秩序に駆け出してくるのだった。都市を形成した黒い影は次第に薄れていき、やがて潤いある草の波が風にそよぐだけとなる。
 わたしが誰かは彼しか知らない。そう言ってビルの残映を見つめる少女へ、俺は尋ねた。

 もしかしてきみは、あのとき殺した事務員なんじゃないかなぁ、
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