ささ、どうぞおあがりになって。毎日毎日足しげくお通いになって、ご苦労様ね。いまお茶お淹れしますんで。あらやだ、つまむお菓子を切らしてましたわ。いえね、うちあまりお客さんていうお客さん来ないでしょう。そんな仕度なんてしたこともないから。すいません、落ち着きがなくて。紅茶にいたしました。ああ、これ、いえ九州に親戚がいるもんで毎年この時期になると送ってきますの。お嫌いでした? パイナップル。ならよかった。いえね、親戚も農家やってるんですけど、そこのはとても酸っぱくて砂糖漬けにしなきゃなんないぐらいで、でも親戚のご近所さんで作ってるのはとってもおいしいの。これぐらいの大きさでよろしいかしら。
えぇえぇ、そうでしたわね。立ち退きの件ですわね。この家もだいぶ古びちゃってるから、そろそろ新居にでも移ろうかなんて主人とも話しておりますの。でも、なかなかこんな景気で。うちの子もカジューと離れたくないなんて言い出して。
いえね、アニメに出てくるんです。家の獣って書いて家獣。ほら子どもってなんでも信じてしまうから。あんまり子どもがカジューカジューうるさいもんだから、家もその気になっちゃったみたいで、時々ほえたりもするんですよ。あら、冗談だとお思い? 家獣は綺麗好きで、あんまりよその人を入れると機嫌悪くするんです。ほら。揺れてますでしょ。地震じゃありませんの。それにこれ、聞こえます? バウーバウーって。もし私たちがここを出たらどうなるか。取り壊したりしようもんなら、さあ想像もつきませんわ。ということですいませんけど、お引取りを。
震え上がって飛び出していった役場の使いが見えなくなったところで、彼女は息子の名前を呼んだ。事前に居間の隣室に待機させて、頃合よく壁を揺らすように指示していたのだ。ところが息子はトイレから顔を出して、「お客さん、来た?」と目を輝かせるのである。「何してたの、今まで」
「トイレだよ」
「さっき揺らしたの、あんたじゃないの」
「なんのこと」
テーブルの上で真っ二つにされたパイナップルの片割れがよろめき、畳に転がる様子を見ながら、さっきのは気のせいだったのかしらと彼女は首を傾げた。でも、と先ほど飛び出していった客人を思い出していたとき、息子はカジューカジューと歌いながら硝子皿に盛り付けられたパイナップルの切り身をつまんでいた。ひとかけら口に含むと、酸っぺぇと言って顔を顰めた。
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