本職で厭なことがあると、俺は小説に逃げる。訳ではない。
むしろ、小説のことばかり考えているから、神よりお叱りを受けたのだと思うようにしている。
頭の切り替えは大事。昼間は仕事一色。ガンバガンバ。夜は趣味に没頭。優雅な暮らし。とまでは言わないがリアル充実の果てに空虚もあれば、雑駁もある。
ということで、今は小説のことだけを考える。
それはさておき、俺だってハルキを読むのだ(何
一冊目は、村上春樹の短篇集
東京奇譚集 (新潮文庫)
。
正直いうと氏の小説は好みの範疇外なのだけど、濃厚に、芳醇に、熟れて熟れすぎた怪奇物だのエログロだのを読んでいる最中に、ああ巷ではこういうのが売れて売れて、売れまくっているんだよなあ、と思うこと一頻り。
そういう使い方だからハルキストには程遠いものだが、まあ、拙作に反映されることもない読書体験だろうなあとしみじみ顔を歪ますのである。
二冊目は皆川博子
虹の悲劇 (徳間文庫)
。
皆川博子女史を殺したいほど愛しているなんて不謹慎極まりない文句を、夜毎呟きながら眠りに耽る僕だけれど、実は女史の長編を嗜むことは多くない。そもそも僕自身に短篇愛好の傾きがあるからだが、先ごろ、自身でも一端の長編小説と呼べるくらいの文字数(あくまで文字の数、出来高は含まない)を書いて、長いこと物語の渦に融け込みたい願望が誘発された。
それで色々と品定めはしたものの、先入観を持たずに手にとるという奇策をとった。
まずこれを読んでから、先に進もう。
三冊目は赤江瀑
灯篭爛死行―赤江瀑短編傑作選 恐怖編 (光文社文庫)
。
面白い、だとか、名作すぎる、だとか、神ッッッ!!だとか、賛辞を与えるに容易い作品は、実は数が多い。
とりわけ、本作所収の『海贄考』は、怪奇短編の傑作選に度々収められるほど名だたる作品ながら、小生にとっては珍しい、《著しく感銘を受けた》作品である。
メタ構造というものを引き合いに語るのも陳腐なほど、その在り様は、物語が何により紡がれ、何により成り立つかということを、怪奇や恐怖という単語では最早言い表せない感情と併せて呼び起こす。
アンソロジーの常連だから、小生の中でもその評価は揺るがない作家でありながら、実は個人の作品集を持っていないことに今さら気がつき、手に取ったまでである。
四冊目は三津田信三
赫眼 (光文社文庫)
。
大半が異形コレクション初出であるから、少々遠巻きに見ていたのだけど、ノリで購入。
自分でも怪談もどきの作品を書いている身ながら、正直、怪談とやらにシンパシーを感じえぬ体質ゆえ、昨今の怪談ブームは挑むべき壁でしかない。三津田信三氏の作品は、怪談の嗜みに近いものもありながら、実際は倉阪鬼一郎短篇に比肩するであろう、紛れもない怪奇幻想小説であるように思う。
では怪談と怪奇幻想小説の異なりは何かと答えるには紙幅が足りないので割愛。
紙幅どころか、学識も足りないのでは説得力もないのだが。
五冊目。
室生犀星集 童子―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)
。
怪談好きではないながらもその恩恵に与らんと東雅夫氏の辣腕に頼るのも、とある読書体験のひとつとなっている。東雅夫氏を尊敬している点は、このように時代の波濤に包まれた名作を掘り出してくれる温故の精神であるとかなんとか……。
数ある傑作選の中でも何ゆえ室生犀星を選んだかと申せば、個人的に馴染み深くもなくそれでいて異次元にいるわけでもない作家だからである。密かな愉しみ。
六冊目。澁澤龍彦編
暗黒のメルヘン (河出文庫)
。
"自分の気に入った幻想小説のアンソロジーを、好みのままに花束のように編んでみたい"という編者のことばがあるように、
泉鏡花『龍潭譚』
坂口安吾『桜の森の満開の下』
石川淳『山桜』
江戸川乱歩『押絵と旅する男』
夢野久作『瓶詰の地獄』
小栗虫太郎『白蟻』
大坪砂男『零人』
日影丈吉『猫の泉』
埴谷雄高『深淵』
島尾敏雄『摩天楼』
安部公房『詩人の生涯』
三島由紀夫『仲間』
椿実『人魚紀聞』
澁澤龍彦『マドン ナの真珠』
倉橋由美子『恋人同士』
山本修雄『ウコンレオラ』
という収録作品を見れば、シブサワもまた憑かれた読者なのだなと再認識する。とはいえ、現時代から鑑みれば、収録されている作家も作品も既に名作と名高いものばかりで新鮮さにかけるともいえる。だが『暗黒のメルヘン』に封入されたシブサワの悪夢を愛でる耀きが今日までに受け継がれているとすれば、数多にある怪奇アンソロジーの底本こそこの本なのではないかとも考えられる。
それはさておき、新鮮さにかけると思ったとおり、再読再々読のものが多いのだが、アンソロジーの極北として大事にしよう。
最後、
ねむり姫―澁澤龍彦コレクション 河出文庫
。こちらは澁澤龍彦の個人短篇集である。
澁澤龍彦もまたアンソロジーにはうってつけな作家の顔を持っている。これも満を持して挑むという意気を感じるものではないながら、良川飛龍という筆名の龍はドラコニアの血筋を求めるがあまりのものゆえ、手に入れた次第。
さて、本当にほしいものを集めたとは言えない選出ながらも、いつも心に引っかかっていたものばかりがようやく手に入ったのような心地である。
これを機会に再読再々読再々々……読というのもおつなものだろう。
これにて物資購入二十三年一月分は終了。
PR