手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『殺す』/J.G.バラード

殺す (創元SF文庫)


6月の土曜日の朝、ロンドンの超高級住宅地で住人32人が惨殺された。高い塀と監視カメラに守られた住宅地で、殺されたのはすべて大人。そして13人の子
どもたちは何の手がかりも残さず、全員どこかへ消えていた。誘拐されたのか?犯人はどこに?2ヵ月後、内務省に事件の分析を命じられたドクター・グレヴィ
ルは現場を訪れるうちにある結論に到達する。鬼才が描く現代の寓話。


 日誌の体で紡がれる小気味良い断章のリーダビリティ、終盤に怒涛の如く追想される殺人の光景、法医学者の乾いた視点であぶり出されるからこそ病理が箱庭から世界へと噴出していく過程が愉しめる。そういった意味では至極端正なサスペンス。さらっと読み進めてしまったけれど、手軽に読めても気軽に読むのは誤りだったかもしれない。さらなる兇行の続きを欲している自分がいて、思えば87年生の自分は、作中の少年少女より一世代下。つまり現代のパングボーン・ヴィレッジにおいて、本作で描かれる寓意の刃は鈍らになりつつあるのかもしれない。http://book.akahoshitakuya.com/b/4488629148


 もっぱら自身のSF観の再定義に励んでいるのだが、はてさて。


 個人的にはJ.G.バラードは芸術の人だと思っていて、この場合の芸術とは、幻視と哲学の掛詞だ。もちろん『幻視』と『哲学』を武器にしている作家なんてのはSF界においても、チンキなものじゃない。しかし根底に退廃に向けた皮肉を敷くバラードの哲学は、先行きの悲観さえ覚えず、文明や文化を通じて未来のヴィジョンを描こうとする他作家のそれとは異なる。作者の目線はいま一点しか見つめておらず、過ぎゆく時代の顛末など一瞥もくれやしないのだ。
 バラードの想像力はたまに予言を引き寄せることがあるが、果たして本書で描かれる人間の闇が、過日にはさらさらなく、いまこの時代にようやく発生したものだといえるのだろうか。作者は未来を読もうなどとは考えていない。たまたま目についた人々の脳裏の片隅に、ウイルスの原体があることを見つけたまでだ。
 本書は予言書ではなく解剖書である。法医学者による外科手術の記録であり、その詳細を写した断片は、黒く澱んだ切り刻まれたる心臓の肉片である。パンデミックの黎明を描いたともすれば、ブラックボックスを開放し箱中のウイルスを拡散したのは、まぎれもなく執刀されたメスのちからに因りはしないだろうか。


 とまぁ、そこまで忌み嫌う必要はないのだが、個人的に凶悪犯罪を第三者視点で描くという手法自体、好きではない。この場合の好きではないというのはいち小説の構成としてではなく、媒体の関係なしにそういったアプローチが嗜好の範疇にないという意味だ。
 だから俺が何かしらそういったものを書くとき、すべては個人的な狂気で片付くようにしてしまう。つまり犯罪をとおして人間を描くことに、外部の介入、虚像のインプットは要らないと思う。思っていた。
 しかしそれでは社会は描けないのだろう。内宇宙の集合体である社会は。


 現に、本書は少なからず俺の心中の闇を、抑圧された欲求や暴力性を父性のように厚く撫でた。
 読了して短さに物足りなさを感じたが、思い返せば読了中はいい加減この純真な地獄から、はやく抜け出したいと考えていたのではないか。
 ほんとうの恐怖は中盤にあり、匿われている病院に犯人2人が少女を取り返しにくるとこに至れば、ほんのささいなフィクションの手触りに安心したほどだ。しかし安堵は事の一部始終を綿密に描いたパートにたどり着いたところでおぞけ死ぬ。一方で、元首相暗殺未遂を報せるラストが、方舟の帰還と時代の幕開けを思わせ非常に爽やかだ。
 平和な社会とは他人の兇行にどこか悦を感じてしまう、この瞬間の、累積したなにかだ。本書はそれを再定義してくれた。そして抜群におもしろい。



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