深夜の美術館は、怖気が立つほど静かでいて、館内の隅々から何かの気配と、寂寥の鳴き声が聞こえてくるようだ。巷では、夜毎、額に納められた猛獣たちの唸る声がすると評判だ。だが、それは獰猛なものではない。きっと、描いた作者の想いが伝わっているのだろう。
このSCHIMMEL美術館は、かつて環境保護をバックボーンに、地球と人類と、動物たちの共存を描くことにこだわったグラフィックアートの先駆者の作品を展示するために建設された。所蔵する作品は、五百に及ぶ。描かれているのは、宇宙と地球と虎をメインとした猛獣たち。どこか寂しげな瞳は、人類への無言のメッセージとも受け取れる。青と白と光の色彩、繊細なタッチで描かれるその姿は、リアリズムに支えられながらもシメール独自の愛敬とロマンチシズムに溢れている。
彼は数年前に他界した。彼の死後、見つかった絵も多い。CGアートがその他の古典絵画と違うのは、PCで描かれていること。つまりデータがあれば複製を幾らでも作れるということだ。だが、彼自身が印刷までプロデュースしたものは破格の値段がつけられている。それも未発表の作品と来れば……。
その特徴からか、悪徳に転売する動きがあり、贋作が多く出回った。無名のデザイナーが描いた作品を彼の作品として画廊が売り出したり、各地の絵画展で作品が盗まれるという事件も多発した。オークションで売られ、盗まれたものが全国に散らばる。それを防ぐために、CGアートとして初めて公営の美術館で展示され、やがて専用の美術館が設けられるに至った。
だが、それはそれで腕がなるというものなのだ。
俺はホワイトタイガーの連なる廊下を歩く。館内は暗い。この仕事をして、早二年。シメールのお陰で、先日ドバイに別荘が建った。腕には自信がある。俺を捕まえるには、まさに絵の中の虎を捕まえた一休のとんちでも使うこった。
最深にある特別展示ルームに入る。そのまた奥に厳重に鍵がかけられた個室、そこに宝は眠る。シメール最後の作品、彼の自画像だ。それを手に入れれば、莫大な金が手に入る。俺は鍵をさっさと開けて、個室に入る。
暗闇の中、布がかけられた額がある。目測では70×100。そっと布に手をかける。
待ち侘びたように巨大な顎が俺の頭を銜え、太い蛇の尾が首を締め付ける。
潰される視界が作品名のパネルを捉えた。
『Chimere――シメール』。それは仏語で、キマイラ。
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