つぶれてたのが蛙だったらよく見かけるんだ。凝縮された腐りかけの雨の匂いで、つまり生臭くてすぐに分かる。生きてた頃が不思議なくらい干からびてたり、何度もタイヤで踏み潰されたんだろ、手足がばらばらになってアスファルトの滲みみたいになってたりする。
終業式が終わって、昼過ぎなのに夕立ちが注いだ線路沿い。草むらに真新しいビール缶が転がっていて逆さにしたら泥水が流れでた。ばっちい、と言ってきみは逃げていく。危うく水色のランドセルに向かって投げつけるところだった。条件反射というやつ。雫が手首に伝ってくる寸前で、フェンスの対面に投げ入れた。
「だめだよ。そんなことしたらだめ」
いつの間にか水色のランドセルは振り返っていた。
「危ないよ。電車にひかれちゃう」
「取りに行けってか」
ふたたび、水色。丸い膝のうえで水着袋が、弾んだ。
いまの小学生が背負っているランドセル、たいがいブザーみたいなものを提げている。狭い路地だった。目の前で背丈の三倍はこえるフェンスをよじ登っていく小学生を見つけ、俺は自転車を停めた。通勤途中だった。だからというわけではないけれど、俺は見殺しにした。朝のラッシュを乗せた電車がひっきりなしに通過していく線路は、そのときだけ静かだった。
進行方向から巨体がカーヴを曲がってくる。車掌の顔も確かめられた。思わず薬指と小指が力んだ。そうすれば電車も停まる気がした。けれど電車は行き過ぎて、ゆるやかなカーブを抜けて直進していく。
耳を澄ませようとして目線を下げたら、すぐそこに灰色の塊が潰れていた。毛羽立った体毛、下敷きになった淡い橙は蚯蚓なんかじゃなく花瓣めいた血糊に濡らされてくたばっている、尾。
泣けてきた。十年以上経って、同じ線路沿いで蘇った涙にも頬はしゅんと慣れてしまって、強張りもしなかったのだ。天をつんざく音、遠くからやかましいビープ音。
高架に呼びかけられて振り返ると、ランドセルがフェンスを飛び越していた。やっぱりさっきのは急行が轢いた音、続いたのはなんだ。ブザーが作動したんだ。草むらに落ちたランドセルは影も形も、古めかしい黒。せっかくの空なのに無機質な黒で、水色だったらよかったのにと思った。きみもそう思うだろ。
「「じゃあ取りに行ってあげる」」
きみは昔日の声を蓄えているのか、つぶれた鼠に尋ねたら耳障りな反響。もはや五分で職場に着きっこないし、連絡を入れる余力もない。
PR